「比井野さんに連絡した?」
「うん。仕事中だから、メッセージだけ。ていうか、なんで旅行に楽器持ってきてたの」
「うん、俺らもわかんない」

そう正直に言えば、九十九さんは久々に笑った。

「あはは、じゃあさ、こうしない?」



**


「ここに楽器店あったんだな」
「僕もまだあまり来たことないんだけど……あ、九十九です、エレアコ調整に出してる……はい」
「え、九十九さん?」

九十九さんは店頭に行くと、そう言った。
少しして、店員さんがギターケースを持ってきた。

「そういえば、九十九さん……エレアコ調整中って……」
「そ。あとすみません、スタジオ空いてたりしませんか?」
「一時間だけですが」
「お願いします」
「かしこまりましたこちらどうぞ」

流れるように案内され、来たのは楽器店のスタジオ。

「なんか、個人でも使えるらしくて使ってみたかったんだよね。……セッション、しよ」

ギターをケースから出し、シールドでアンプに繋げ、ストラップを肩に掛けると、九十九さんは言った。

「え……嘘……」
「umbrellaさんと……セッション!?」
「お、おいゆづ! やるだろ!? ……ゆづ?」
「あ……ごめん」
「なんで椎野、泣いて……」

自然と俺の目からは、涙が溢れていた。

あのumbrellaさんと、セッションできる。
あの悪夢から、暗闇から救ってくれた、

「椎野?」

umbrellaさんが、九十九さんが、俺達とセッションしてくれる。

「九十九さん、俺、やりたい曲があるんだ」
「いいけど……何?」

世界が黒く塗りつぶされていた頃、まるで深海に光りが射し込んだように思えたあの曲。




「Please Take One」