「帰りました。ん? 花蓮さん?」
「お邪魔してます!」
「あれ、ただのスーツだ」
「比井野さん、昨晩はありがとうございました」

俺が九十九家に帰宅すると、見覚えのある靴と見たことにない靴計3足があった。
明かりの点いている台所へ向かえば、昨日拾った椎野さんと、髪を染めた男性と、オールバックの男性、そして花蓮さんがそこにいた。

「花蓮さん、今朝はすみません」
「は? なにが」
「昨晩調子が悪そうでしたので朝のうちくらい様子を見ようと思っていたのですが……」

頭を下げれば、花蓮さんの良く通るその声で、驚く言葉が帰ってきた。

「ありがとう」
「は……?」

思わず顔を上げた。
見えたのは、顔を真っ赤にしている花蓮さんだった。

「花蓮、さん? どうしましたか、まだ調子が……」
「おい椎野! 話が違うぞ! こいつ僕を馬鹿にしてる!」
「あっはは九十九さん普段どれだけ比井野さんにきつく当たってんのさ」
「お礼言って心配されるとか」
「いくらしのさんとろきさんでも許さない」

男性二人の断末魔をBGMに、俺は恐る恐る椎野さんに訪ねる。

「あの、これはどういう……」
「はは、九十九さんが、実は比井野さんにちゃんと感謝してたってことですよ」
「え」

感謝? 花蓮さんが? 俺に?

「はーっ……。比井野、お前よく料理練習してるだろ」
「えっあ、はい……。ですが食材や水道代光熱費はちゃんと」
「そーいうのはいいって。で? 一人でやって少しは上達したの?」
「……それは」

咄嗟に手を引っ込める。
包丁やピーラーすらろくに使えなくていくつも作ってしまった切り傷。

「……言ってください、九十九さん」
「がんばれー」
「かっとばせー」
「雅裕それ違う」

三人の声をバックに、花蓮さんがたどたどしく口を開いた。

「……教えてやるよ」
「はい?」
「だから、料理教えてやるっつってんの! さっさと始めるぞ!」

まるで野性動物を追い払うように居間へ三人を移動させ、花蓮さんはエプロンを着け始めた。

「早くしろ」

なんだか胸があつい。俺も年取ったな。

「はい。お願いします、先生」

九十九警視総監、志寿子先生、八雲さん。


花蓮さんは、一歩踏み出しましたよ。