「はあ、は、はぁ、」
「静かに」

目の前に居る少年に付いていった先は、路地裏。
息を無理矢理止めて黙ると、さっきの外国人が怒声を発しながら通りすぎていった。

「……もう大丈夫、な、筈」
「あの、ありがとう……君、名前は?」

そう尋ねれば、少年はじっと俺を見つめた。

「あ、ごめん、先に名乗るべきだよね、俺は椎野由弦。ハタチ」
「……九十九」
「九十九? 苗字?」
「……九十九花蓮」
「へえ、綺麗な名前だね。俺達九十九島見に横浜から来たんだ」

横浜、そう言った瞬間、少年の瞳が明らかに動揺するように揺らいだ。

「(……あれ、この瞳、どこかで……)」

「っは、ぁ、ヒュ、ぁあ」
「ど、どうしたの!?」

過呼吸の症状だ、前に講習で受けたことがある。
袋を当てるのは逆にダメなんだ、落ち着かせないと。

「九十九君、声聞こえる? ゆっくり息吐いて、同じリズムで、ゆっくり、大丈夫、大丈夫だよ」

これでいいのかな、と少し不安だが、徐々に息が整っていく九十九君。
こんなときに不謹慎だが、赤く火照っている頬やサラサラな紺色の髪が俺の胸をときめかせた。

「(いや! こんな年下の男……しかもこんなときになにときめいてんだ!)」

「ぁ、しぃの、」


あ、かわいいわ。


「……大丈夫? 俺側に居るから、安心して、ね?」
「ん……」

ホントこの子男?????

俺の膝の上で瞼を閉じてゆっくり息を吐きはじめた九十九君は、今まで見たどの女子よりかわいかった。


「しぃの」
「ん?」

しばらくして、九十九君が俺を呼んだ。

「ぽっけに、スマホ、はいってる、から」
「あ、親御さんに連絡すればいいのか。ちょっと失礼するね」

サルエルのポケットからスマホを取り出す。スマホには、男にはかわいすぎるが九十九君にはとてもよく似合うメンダコのストラップがついていた。

九十九君の指を借りて指紋認証し、ロックを解除。
メッセージアプリを開く。

「どの人?」
「ん」

二回ほど画面をタップした九十九君は、また眼を閉じた。

電話はすぐに繋がった。


「花蓮さん!? 佐世保は外国人が多くて危険だからすぐ帰るようにと……!」
「もしもし、九十九君の保護者の方ですか?」
「……九十九君……?? 君は、何方ですか?」

電話の相手はとても若かった。俺よりは年上だろうが。

「俺、椎野由弦と言います。旅行で来たのですが、外国人に絡まれたところを九十九君が助けてくださって。ですが九十九君が過呼吸になってしまい……」
「花蓮さんが!?」
「今はもう落ち着いています。ですが寒そうで……ここの住所わからないのですが……どうしましょう……」

小さく震える九十九君は捨てられた子猫のようだった。
俺はダッフルコートを脱いで、九十九君に掛けた。

「わかりました、すぐ向かいます。そこを動かないでください」
「え、あ、はい」

電話が切れた。

「……どうやってこの場所見つけるつもりなんだろう……う、寒……」

でもこんな子供に助けられた上、風邪まで引かせるとかできない。

「……こんな時間に、何してたんだろ」

ボックスリュックを背負って、まさか家出じゃないだろう。家出ならもう少し荷物多いはずだ。

「……しぃの……」
「ん"っ」

かわいいかよ。