それは突然の出来事だった。
歴史に残る大震災。家はあっという間に崩れ、間も無く津波警報の音が町内スピーカーから大音量で流れ出した。
僕はそんな音を聞きながら瓦礫の下に埋もれていた。
8歳の僕では到底抜け出すことなどできず、僕はただ目の前に広がる地獄を見ているだけだった。
「………」
声が出ない。足は瓦礫に挟まれ、首から下は倒れてきたタンスに潰されている。
あぁ。僕はこのまま死ぬんだ。
「死ぬ」ということがあまりよく理解できていなかった僕は、そんな風に軽く考えた。
遠くからは僕を呼ぶ母親と父親の声がする。そして、姉の悲しそうな叫び声。
僕がここで死んだら、お母さんとお父さんは悲しむのかな。お姉ちゃんは泣いちゃうのかな。
死んだら、どうなってしまうのだろうか。
体が動かない分、脳はよく動いた。
遠くからは津波が来たから逃げろと叫ぶおじさんの声。無理やり連れて行かれたのか、だんだんと家族の声が遠ざかって行くのが分かった。
「……つ……さ……ん!……かさくん!…………つかさ君!」
上から女の人の声がする。(体が横になっているため、頭上で声が聞こえた。)
体にのしかかっていた物がなくなり、自分に乗っていた物がどれだけ重かったのか実感した。
「大丈夫!?怪我はない?」
女の人は、僕に尋ねてきた。
僕は黙って首を縦に振って応える。
「よかったぁ…」
フードを深々とかぶり、顔を見えないようにしているその人は、手で胸をなでおろし、僕の手を掴んだ。
「はやくここから逃げないと!津波が来る!」
「…つなみ?」
「大きな波が来るの!とにかく逃げるよ!……ほら!」
その人は、僕に背中を向け、しゃがんだ。
「おんぶ」をしてくれるようだ。
僕は黙ってその背中に身を委ねることにした。
「お姉さんは…誰なの?」
答えを聞く前に次の質問をする。
「なんで…僕の名前を知ってるの?」
そして、その人は質問には答えなかった。
避難所まで僕を送り届けてくれたその人は、僕が家族を探しに行っている間に姿を消していた。
あの人は誰だったのだろうか。

16歳になった今でも、僕は彼女のことを忘れた事は一度もない。