彼は、無数の美しい草花が生い茂る花園に立っていた。

吹き付ける風に乗って届く甘い芳香。

カンバスに描いたかのような瑞々しい空。

花園の真ん中に聳えるは、世界樹の如き立派な大木。

その根元に、姿の見えない誰かはいた。

『汝は――誰だ』



そう問いかける透明な何者かに、マイケルは困惑しながら問い返した。

「貴方こそ誰ですか? この箱庭に入っていいのは、彼女に認められた者だけですよ?」



せっかくのこの素晴らしい聖域を犯す何者かの存在が正直、邪魔で仕方がなかった。

『我はかつて汝を選んだ者。そして今、再び汝を選ぶべきか選ぼうとしている者』



不思議な旋律でそう告げる誰かに、マイケルは『貴方のことなど知らない』と言いかけ――

その時、少女のか細い声が脳裏に蘇った。



『――貴方は、誰?』



そう言って、金髪の下から深くよどんだ目で自分を見つめた少女。

割れた心から滴り落ちた、感情のない死んだ言の葉。

どうして今、あの時の彼女の表情を思い出すんだ?

もしかして僕も今、その彼女と同じ顔をしているのだろうか?

「もしや、鏡が欲しいのだろう?」



見えない何者かは、陽炎の様に揺らめきながら問う。

「だが残念だが、それを司るのは我にあらず。我が与えるのは守護の力。それ以上でも以下でもない、故に神に寄り添う者に相応しい賜物」



そして見えない何者かが手を上げると、一瞬にして空は燃えるような赤に染まった。

「さあ、汝は誰だ? 答えよ!」

「僕は……僕は……!」



突然降り注いだ熱気に押しつぶされる様に、マイケルはその場でしゃがみ込み――



「僕は……誰でもありません」



苦痛に顔を歪めて言葉を吐き出したマイケルを、見えない何者かは無言で見つめた。

「ならば、我は汝を選ぶことはない」



その瞬間、花園の草花全体が一瞬にして灼熱の業火で燃え上がった。

「!? やめて、お願いだ! この花園だけは! このままじゃ彼女に顔向け出来ない!」

「我が奪うのではない。己を選別する力もない汝自身がこの世界を殺すのだ」

「違う! 僕はこんなこと望んでない! 僕は本当に、ただ――」



激しく火の粉が舞う中、マイケルは必死に声の主の方へと手を伸ばし――



しかしその見えない何者かは大きな翼を広げると、泣き叫ぶマイケルを無慈悲に見下ろして飛び去った。