「おじさん……おじさん! お願い目を覚まして!」



懐かしい声が俺を呼んでいる。

ギルバート・マクラウドは目を覚ますと、イデアとマイケルが自分を覗き込んでいた。

見ると、胸元の十字架にヒビが入っている。あまりに力を使いすぎて、負荷に耐えられなくなったのだろう。

腹の傷が酷く傷んだ。この瞬間もまだ血が流れ続けている……どうやら、イデアを治すのに精いっぱいで自分の命までは届かなかったようだ。

「イデア……お前、無事か……?」



ギルバートが声を絞り出すと、イデアは頷いてすっかり元通りになった体を見せた。

「ハハッ……良かったぜ……あの火傷じゃ、せっかくのべっぴんが台無しだからよぉ……」

「おじさんのおかげよ。マイケルがおじさんを貫いた後、おじさんが十字架の力で私に『ガブリエルの箱庭』を使ったから。でもおじさんの体が治り始める前に、十字架が壊れてしまって――」

「ふん……バチが当たったんだろうさ。俺はおめえが無事ならそれで満足だ」



そう言って、ギルバートはイデアを見上げた。

「全部見たんだろ? 俺はお前に『ガブリエルの箱庭』を使った。俺の心の傷をお前は全て知ったはずだ」

「うん……見たよ。マイケルにも、おじさんが寝ている間に私が見たことを全て話した」



マイケルは頷いて、ギルバートを見下ろす。

「事情は全て分かった。ギルバート・マクラウド……貴方はイデアに『復讐』する為にこんなことをしたんじゃない。ただ幸せになって欲しかった――『贖罪』にとらわれて懊悩するイデアに、過去を断ち切らせる為にこんな試練を与えたんだ」



そう、この試練は復讐などではない――全てはイデアを罪の意識から解放する為のものだった。

今思い返してみれば、偽イデアも、ロージーも、ギルバートも……皆、必要以上に贖罪を求めるイデアに疑問を投げかけ続けていたのだ。

ギルバートは頷き、鋭い歯の間からため息を吐いた。

「あーそうさ。あの夜から十年後……久しぶりにこの学校に忍び込んだ俺は、イデアが少しも幸せになってねえことを知った。だから眼帯の小僧……お前を焚きつけ、十字架の力を借りてこの試練に挑ませた」

「どうしてそこまでして……」



戸惑うイデアに、彼は力なく笑った。

「さあ、どうしてだろうな。俺には別に贖罪なんて意識はねえ。お前を騙し、お前の母親を殺し、秘宝を盗み、教会まで燃やしたが……その償いっていうのは後付けに過ぎねえ」



それから、彼は狐の顔に初めて人間の様な瞳を宿して言った。

「ただ……お前に幸せになって欲しかったんだ。俺は幸せになれない定めに生まれちまった。でもお前はそうじゃない。お前は全ての人間の理想であるべきだ」

「理想……」

「そんなお前が『贖罪』なんざにとらわれて、腐った人生を歩んでいるのを見るのが耐えられなかった。これは単なる俺の……神様に選ばれなかった老いぼれのワガママさ……」

「そんなことない!」



イデアは叫び、ギルバートの手を握りしめた。

「人はみんな等しく理想を抱いていいはずだもの! 私だけが選ばれるなんて絶対間違ってる! 待ってて、今私の『ガブリエルの箱庭』で治すから――」

「分かってるはずだイデア。あれはかなりの力の消費する。お前に俺を癒すほどの力は残っていない」

「嫌だ……嫌だよ……! これで貴方が死んでしまったら、私はまた罪を背負ってしまう! そんなのは耐えられない!」



泣きじゃくる彼女に、彼はか細い呼吸と共に答えた。

「なら贖罪と共に生きていけばいい……俺はそれ自体は否定していない……人は誰しもが罪を背負っている……俺の死でそれが受け入れられるなら、俺は本望だ……」

「おじさん……おじさん……!」

「こんな俺様に、こんなに素敵な最後をありがとう」



ギルバートは、イデアの頬に手を添えて静かに笑った。



「今度こそ罪と共に幸せになれよ――贖罪のイデア」