更に半月が経った。

あれ以来、俺はあの箱庭に行っていない。悲しいだとか、悔しいだとか、そんな感情もない。

そもそもそんな気持ちを持つこと自体が間違ってる。俺は彼女の何なんだ? 俺はいい歳した大人で、アイツは年端もいかないガキだぞ?

そんな奴の為に心をかき乱されるなんてあり得ない。なぜなら俺は天才詐欺師様なのだから。

俺はこの二週間とある計画について考えていた。以前、イデアが言っていたことから思いついた計画だ。

その時からすでに俺は策を練っていたが、まさかこれほど早く実行することなるとは思わなかった。

だが仕方ない。イデアと少なからず距離が出来てしまった以上、なるべく早く計画を実行して学校を出て行くに限る。

イデアが、俺のことを誰かに告げ口しない保証などないのだから。

コンコン。

いつも通りの時間のドアがノックされ、イデアが夕食を持って入ってきた。

「おう。今日は豪勢じゃねえか」

「うん。今日はね、私が夕食のお手伝いをしたの」



そう言って笑う彼女はいつも通りに見えて……しかしどこか疲れている様に見えた。

「まあ座れよ。最近調子はどうだ?」

「ありがとう。……調子って?」

「その、なんだ……まあ色々だ」

「フフッ、おじさんの聞き方なんだかお父さんみたい」



イデアはそう言って可愛らしく笑った。

「ねえ、おじさんって本当は優しい人だよね?」

「……急にどうしたんだよ」

「だってこの半月、箱庭に私に会いに来なかったじゃない」

「理由なんてねえよ。単にガキとの遊びに飽きただけだ」

「……そう」



そう言ってイデアは視線を落とした。

「あのね、最近色んなことがあったの」

「ああ、少しは知ってる」



多少なりとも小耳には挟んでいた。

イデアの同級生が三日前に自殺したらしいこと。あのライトグリーンの髪の少年が目に傷を負ったこと。

しかしどれも情報は断片的過ぎて、盗み聞きした限りではそれくらいのことしか分からなかった。

どうやら学校側もある程度情報を隠蔽していると見て間違いない。

だが俺はイデアの能力を知っている。だからそれと合わせてある程度の経緯は推測できた。

「あのね、おじさん。イデアはまた罪を犯したの」



彼女の目から、透明な雫が伝った。

「そのせいであの子は死んで、マイケルはケガをして……私、どうしたら……」



俺は素っ気なく言ってやった。

「知らねえよ」

「そんな……」

「お前のせいで回りが不幸になった。……だから何だ? そんなこと知ったこっちゃねえ。死んだ人は返ってこないし、傷を負わせた人間には恨まれるかもしれねえ。でもそれでお前の人生が終わるわけじゃねえだろ?」

「罪は……償わないといけないの……なぜなら神様が……そうおっしゃったから」



俺はティーカップに紅茶を注ぎ、嗚咽を漏らす彼女に差し出して言った。

「まあこれでも飲んで落ち着けよ。食事は後で頂くとするさ」

「ありがとう。……ねえ、おじさん」

「何だ?」



イデアはティーカップの紅茶を啜って、言葉を綴る。

「私はおじさんの様にはなれない……おじさんも私の様にはなれない……でもきっとそれは仕方のないことなんだよね……なぜならそれは神様がお決めになったことだから……私は償って、おじさんは騙して……それはきっと神様が望んだことなんじゃないかって……最近、そう思うの……」



そのまま彼女は目を閉じ、横になって安らかに寝息を立て始めた。

俺は睡眠薬入りの紅茶をどかし、イデアを抱きかかえてそっと布団の上に横たえてやる。

「……ガキンチョが、大人の俺でも答えの出ねえ様な質問するんじゃねえよ」



それから俺は慣れた手つきで胸元の鍵の付いたペンダントを取った。

以前イデアから話に聞いていた品物で、鍵の部分を使えば母の寝室に入ることが出来る。

寝室には、母から話しか聞かされていない強力な秘宝があるのだという。

それを盗み出すこと……それがこの半月立てていた計画の全貌だ。

久々に詐欺師の血が疼いた。

イデアを騙し、ペンダントを奪い、部屋から秘宝を盗んでこの学校から去る。

結局詐欺師として生きてきた俺に出来ることはこれだけだ。

最後、俺は目を閉じて安らかに眠るイデアを見下ろすと――あの花のブーケを取り出し、小さな彼女の頭に飾ってやった。



「おめーが付ける方がよっぽど似合ってんだよ……バーカ」