気が付くと、マイケルはあの箱庭にいた。

目の前には幼いイデアと、黒いローブを被った見知らぬ男が立っている。

……何者だ?

マイケルが近づくと、男は大きな手でイデアの頭を乱暴に撫でた。彼は、それが毛むじゃくらな狐の手であることで気づく。

「狐男……!」



まさか、十年前の時点でイデアが狐男に会っていたなんて。

撫でられた当の本人は、無邪気な笑顔で笑って男に抱き着いている。男は面倒臭そうにそれを払いのけていた。

まるでマイケルが初めてイデアに近づいた時とは別人の様な天真爛漫ぶりだ。

それを見るだけで、マイケルの拳が自然と握りしめられた。

狐男はその後もイデアと秘密の箱庭で過ごし、そして夕方ごろになると箱庭の奥へ帰って行った。

アイツは一体何者だ? 僕のイデアに何をするつもりだ?

マイケルが歯噛みすると、視界が暗転して再び昼の箱庭が視界に映し出された。

それは、ちょうどマイケルが初めて箱庭でイデアに話しかける場面だった。

最初は警戒していたイデアも、『ウリエルの鏡』でマイケルが天使の姿になったのを見て段々と心を開いていく。

やがて、無邪気に遊ぶ様になった幼い二人を見てマイケルは微笑みを浮かべた。

今の僕の姿はあの二人には見えていない。それでも、あの幸せだった頃のこの場所に立ち会えただけで彼は幸せだった。

これが走馬燈というやつなのだろうか……その時、マイケルは木の陰から二人の様子を伺っている人物がいることに気付く。

昨日の狐男だった。

彼は悔しそうな表情でイデアとマイケルを見つめていたが……ふと、その顔に諦めの色が浮かんだ。

自分がイデアの様な崇高な存在に近づいていい人間ではないと悟ったのだろう。いい気味だ、とも思ったが、背を向けて箱庭を出て行く狐男の曲がった背中を見ていると気の毒な気もした。

と、瞬間またしても視界が暗転し――今度はイデアが一人で箱庭に立っていた。

花に夢中になっているイデアの後ろから、一人の少女がナイフを片手に近づいてくる。

思い出してみるといつもイデアを『魔女』と呼んで嫌がらせをしている女の子だった。

どうやらイデアの髪留めをそのナイフで切って、嫌がらせをするつもりのようだ。

そして思惑通り髪留めを切り落とすと、髪がほどけたイデアを見て耳障りな声で笑った。

「ギャハハハハハ! その様だとより魔女に見えるわねイデアちゃん! ほら、悔しかったらお得意の魔法で私をやっつけてみなさいよ!」



イデアは、黙って切り落とされた髪留めを拾った。

「……髪留め。マイケルが作ってくれたのに……」

「マイケル? あのいつも遊んでるガリガリの男の子? あんな肉が無くて魅力も無さそうな男のことなんてどうでもいいでじゃない! 私を無視すんじゃないわよこのクソ魔女が!」



イデアは振り返ると……何も言わず掌をかざした。

眩い光の後、そこに立っていたのは醜い豚の姿を子供だった。

「え……」



自らの体の異変に気付いた少女は手鏡を取り出し……そして、そこに映った自分の顔を見て半狂乱になった。

「いやああああああああああああああああ! 何よ、何よこれ⁉ 今すぐ私を戻しなさいよこの薄汚い魔女!」

「無理よ。ウリエルの鏡を使ったらもう二度と元の姿には戻らない」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!」



少女は醜悪な悲鳴を上げながらナイフを振り回し始めた。

そこへ、幼い頃のマイケルがやってきて豚の子供を見るなり青ざめる。

「イ、イデア⁉ その子はなんなの⁉」

「見ないでよ! 私を見ないでエエエエエエエエエエエッ!!!」



豚の少女はマイケルを見つけると一目散に走り出し、ナイフを振りかざした。

「マイケル! 危ない!」



ザクッ!



鮮血が飛び散って……それから、また視界が暗転した。