涙でぼやけた視界でも沙良木の家を確認して速度を落とす。家の前には沙良木のお母さんがプランターの花に水をあげていた。

お馴染みのケイトウの花が、伸び伸びと尖った身を立派に膨らませていた。大事に育てられているのだろう。

「おはようございます」

「あら、おはようございます、光起ちゃん」

こちらを見たお母さんは花に水をやる手を止めて、上品だけどどこか疲れを感じる声で言った。ついこの前までのお母さんは、落ち着いているけど家庭を切り盛りする強さが表れた人だった。

「すみませんお母さん。今朝沙良木くんのアカウントを見たら消えていたんです。何かおかしなこととか、携帯を変えたなどの話は聞いていませんか?」

両親が忘れるはずがない。だって大切な一人息子だ。私より先に沙良木を深く愛してきた人たちなんだから……!

「……私に息子はいないわよ」

沙良木のお母さんは寂しそうな笑みを浮かべた。

「えっ……!」

「聞いていなかったかしら……私たちはなかなか子どもに恵まれなくてね……」

それは知っている。沙良木が生まれるまで時間がかかったって聞いた。神社にお祈りしたその三ヶ月後、やっと沙良木を授かったって。

それを知っているのに故意ではないといえこんな話をさせてしまった。

「光起ちゃんももう高校生ね。私たちもそろそろ親のいない子どもを育てようと思っていたの。同じ町内だから、もし家族が増えたらその時はよろしくね」

そんな……!
もしかしたらこの世界では公然の事実だったのかもしれない。それなのにこんなことを話してしまって……。

残酷な話をした私に対しても微笑んでくれるお母さんにいたたまれなくなる。もう合わせる顔がない。ここも通らないし、家族が増えたとしても声をかけることなんてできないだろう。

「すみません……!」

言い訳もしないまま走り戻った。

この世から沙良木が消えている……!
何故かはわからないけど、魔法的な何かとしか思えない。

私へのバチが当たったの?魔物殺しを楽しんだから?

誰の仕業かもわからない。神様?それとも夢の中のあの人?

神様、仏様、夢の中のあの人、ごめんなさい、せめて命を奪う自覚を持って魔物を退治します。私に悪いところがあったならもう二度としません。

魔物退治を終えたら沙良木を元に戻して下さいと願おう。沙良木の顔の傷を消して、この世に戻して下さい。最悪顔の傷が消えなくたって戻して下さい。お願いします。沙良木がいない世界なんて生きる意味がないんです。

自分への悪口だって耐えてきたのに。どんなに辛いことでも乗り越えられる気さえしたのに。

小・中学校と続いたいじめすらまだ甘いと思えるほどの悪夢だ。尊厳どころか過去も未来も存在さえも奪われた。沙良木が何をしたって言うの?