コイッペキ

ヒナは言葉が出なかった。
ショックだった。
「校庭の端っこにゴミ回収場があるでしょ? 体育館から不要になった物を運んでた時だった。先輩に呼ばれてついて行ったかと思えば、10人くらいかなあ? 先輩に殴られたり蹴り飛ばされたり、鉄パイプみたいなの? で、思いっきり叩かれて…」
エマは一粒の涙を流した。
「エマ…」
「日曜日だったから人が少なくて、このまま死ぬのかな~と思ってたら、シオンが助けにきてくれたの」
エマは話を中断してポケットティッシュを取り出して。
鼻をかんだ。
「私の話はこれでおしまいだよ」
「エマ…」
ヒナは何を話せばいいのだろうと思った。
エマにかけてやる言葉は見つからない。
「あのね。ヒナちゃん。シオンのこと、どう思ってる?」
「え、何急に?」
エマはヒナの手をぎゅっと握った。
「変わったでしょ、シオン」
「そりゃあ・・・」
ヒナは言葉に詰まった。
「あのね。3年前、私が先輩達にボコボコにされた翌日。今度は、シオンが集団リンチに遭ったの」
「え・・・」
「シオンの場合はもっと最悪だった。だーれも助けてくれなくて。それどころか、友達と思っていた人も殴る側に加わってたんだって」
「なんで…、シオン君が…?」
驚くヒナ。

「そんなの、知らないわよ」

急に低い声でエマが言う。

「この学校も、この世界も腐ってる」
「エマ?」
「私もシオンも好きでこの顔で生まれた訳じゃない。好きで何でもこなせるようなスペックを持ってるわけじゃない」
「・・・」
「フツーに生きたいって思う。でも周りはそれを許してくれない。嫉妬とか? 僻み? 人間の汚い感情が爆発した結果、私もシオンも死にかけた」
「エマ…」
「調子なんかこいてない。別に人を見下してるわけじゃない。フツーに呼吸して生きているだけで煩わしいって思われる人生って何なのかな」
ふぅ…とエマはため息をついた。

「シオンはね、それから変わっちゃった。人を信じなくなって、暗くなっちゃった。全然、しゃべらないでしょ、アイツ」
「……」
ヒナは泣きそうになった。
2人がそんな事件に巻き込まれていただなんて。
知らなかった。
「私もシオンも、ヒナちゃんがいなくなって。改めてヒナちゃんの存在の大きさに気づかされたんだよ?」
「え…?」
「皆、周りは特別扱いしてくるけど。ヒナちゃんはフツーに接してくれるから」
「そんなことないよ」
「ね、ヒナちゃん。シオンのこと嫌いにならないであげて」
エマは再び、ぎゅっとヒナの手を握った。
「ほんとにシオンはとっつきにくいし、妹の私でも何考えてるのかわかんないし。お父さんやお母さんも困惑してるんだけど。でも、シオンは傷ついているだけなの」
じっとエマはヒナを見つめる。
「ヒナちゃんが彼氏出来たって聴いた時。私、ビックリしちゃった。私はてっきり、ヒナちゃんはシオンのこと好きだと思っていたから」
「エマ・・・?」
「ま、それ以上にシオンのほうが困ってたみたいだけど」
小さい声で言ったので、ヒナには聞き取れなかった。
「ヒナちゃんと久しぶりに再会したのに、シオンったら全然喋らないでしょ? 私が態度悪いよって言ったら。どう接していいのかわかんないってシオンが言うからさ」
「そうなの?」
「うん。だから、映画でも一緒に見てきなよーってアドバイスしてあげたんだ」
急にエマがニヤニヤと笑い出した。
泣いたカラスは何処へ行ったのやら…。

「あ、そうだ。折本先輩の話忘れてた」
急に思い出したようにエマは目を見開いた。
「そうそう。それで、ま、色々あって。気づいたら折本先輩、学校辞めていたの」
急にエマが話を端折ったので。
ヒナは「ん?」と首を傾げた。
「辞めたかと思えば、今度は高校生になって一般コースに入って登場したからビックリしたんだ」
「エマ…?」
「私のせいで折本先輩はいなくなったんだと思う」
「そう…なのかな」
「でも、私は折本先輩のこと今日見てて思った。やっぱり好きじゃないわ。シオンは仲良しみたいだけど」
エマの言葉を聴いて。
ヒナは少なからずショックを受けた。
「折本さんはどうして、合宿所にいるんだろう?」
「ああ。手品部の合宿で来てるっていう話だけど。多分、シオン目当てでしょうね」
「……」
はっきりと言うエマに。
ヒナは絶句した。
「ヒナちゃん。折本先輩には勝ってね。あの人、敵だから」
「勝つ…って。どうやって」
「この学校にいる奴らなんて、一部を除けば欲にまみれた敵だらけなんだから」
エマはベッドの上に立ち上がって。
ぴょんぴょんとジャンプして。
座り込んだ。
エマの言葉を聴いて、ヒナはふと「ん?」と一人の人物が頭をよぎった。
「そういえば、エマ。チューキチ君といつのまに仲良くなったの?」
「へ? いつってあの勉強会からだけど」
「珍しいね、エマが…」
「チューキチ君って話してると、ワンコぽくない? 人間ぽくないよね」
急に笑顔でエマが怖いことを言い出して。
え…とヒナは言葉を失う。
「ま、ヒナちゃんと仲良くしているなら、悪い人じゃないってことでしょ?」
「…うん」
ヒナは瞬きをしてしまう。

「あー、ヒナちゃんに言ってすっきりしたぁー。寝ようか。もう」
「そうだね…」

今日一日で得た情報が、あまりにも大きすぎて。
頭の中がパンクしそうになりながらも。
ヒナはベッドの掛布団に潜り込んだのだった。