コイッペキ

保健室で頬の傷を治療するようにトド先生に勧められたが。
ヒナは「これくらいなら大丈夫です」と断った。
幸いなことに、深くは切れていないようで。
血はすぐに止まっていた。

それよりもヒナは、すぐにエマを家に帰さなければと思った。
しばらくの間、体育館裏で動けなくなっていたエマだったが。
何とかホタルの車まで誘導した。

車に乗り込むと。
ホタルがすぐに車を出した。

「ホタル、どういうことなの?」
まるで、今日何が起こるかを知っているかのように思えた。
後部席に座って。
ヒナはエマの背中をさすりながらホタルに話しかける。
「カッター持ってた女の子いんじゃん?」
「うん。名前知らないけど」
「あのカッター女子と同じクラスの子と友達なんだけどさ」
赤信号になって。
ホタルは車を静かに止める。
「友達って、女の子?」
「そ!」
「ホタル、女子高生にも手出してるの?」
「手は出してないよ。向こうから友達になってくださいって言ってくんの!」
またホタルの魔力か…。
とヒナはため息をついた。
この男はどれだけの女性と繋がっているのか…。
「その友達の子が、近々カッター女子が何かやらかしそうっていうタレコミをもらってね。で、今日何かを実行するみたいって連絡もらってさ。だから、スタンバっておいた」
「だから、スーツ姿でわざわざ車で来たの?」
「そ!」
「よく警備員さん入れてくれたね…」
ヒナが呆れて言うと。
「そんなの入れてくれるに決まってるだろ。保護者ですっていえば簡単だろ」
「保護者ねぇ・・・」
「ま、俺。中学はここだっただろ? 色々と顔が利くもんでね」
「…さすがです。ホタルさん」
もう、何も言い返す気力がなかった。

マンションに到着すると。
ホタルは「先、行ってて」とエントランス前に車を止めて。
ヒナとホタルを降ろした。
車を降りて。
青白い顔をしていたエマがヒナを見た。
「ヒナちゃん、うちに来て」
言われるがまま、ヒナはエマについていく。

エレベーターに乗って。
降りて、エマの家に直行する。
「今日は誰もいないから大丈夫」
と言って。
エマの部屋に通されると。
エマは「ちょっと座って待ってて」と何処かへ行ってしまう。
エマの部屋は非常にシンプルだった。
全体的に白で家具が統一されている。
女の子らしいものは一切置いていない。
ぬいぐるみは一個もない。
エマのことだから、もっと可愛いものに溢れていそうなものだが。
昔からシンプルで変わらない部屋だ。
「ヒナちゃん、ごめんね」
救急箱を持ってきたエマが頭を下げた。
「大丈夫、エマに怪我がなくて良かった」
ヒナが笑うと。
エマは泣きそうな顔ををした。
救急箱から消毒剤を出して。
ヒナの頬を手当てするエマ。
思いっきり頬に染みたので、思わず野太い声で「いたいっ!」とヒナは叫んだ。
そんなヒナの声を無視して手当てを続けるエマ。
「ヒナちゃん、お願いがあるんだ」
「何?」
エマが絆創膏を一枚出して。
ヒナの頬にペタッと張り付けた。
「今日のこと、シオンには黙っていてほしい」
「え?」
至近距離で見るエマの顔は、やっぱり綺麗だ。

今更ながらヒナはエマの顔に見とれてしまう。
大きな目。
長い睫毛。
透き通った肌の色。
桜色の唇。
やっぱりお人形さんのようにエマは美しい。
微かにバラの香りがする。

「私が言わなくても、先生とか周りの人が…」
「親にはバレたっていい! でもシオンにだけは知られたくない」
ヒナが言うのと同じくらいに。
エマは大声で喋った。
「私が絶対にシオンの耳に入らないように阻止するから。お願い、ヒナちゃん」
ヒナは、エマの表情を見て。
怖いと感じた。
殺気立つエマを見て。
「わかった…」
としか言えなかった。
「ありがとう、ヒナちゃん」
途端にエマがニッコリ笑うので。
これまた、ヒナは恐怖を感じた。

「ただいま」

ドア越しに声がする。
「あれ、シオン? 今日遅くなるって言ったじゃん」
ドアを閉めた状態でエマが大声を出すと。
ガチャ。
勝手にドアが開いて。
どこか疲れた表情を浮かべたシオンが入ってきた。
いきなり入ってきたシオンを見て。
ヒナは「ぎゃー」と悲鳴をあげてしまう。

朝会ったばかりだというのに。
シオンはいつ見てもカッコイイ。
どこか疲れている表情ですら、色気立っている。
「お邪魔…しております」
何故か敬語で話してしまうヒナ。
そんなヒナをじっと見つめるシオン。
「ちょっと、シオン。ヒナちゃんと遊んでるんだから、あっち行ってよ」
露骨に嫌な表情を浮かべてエマはシオンを追い払おうとする。
「…誰に、やられた?」
一言。
シオンが低い声で言った。
そして。
ずかずかとヒナの前にしゃがみ込んだ。
「誰にやられた?」
そう言うと。
べりっ。
エマが手当てしてくれたというのに。
シオンはヒナの頬に貼ってある絆創膏をはがした。
「いたっ!!」
容赦なくはがした絆創膏の痛みに。
ヒナは悶絶する。
「誰にやられた?」
シオンはそれしか言わない。

「ちょっと、シオン!!」
エマが大声を出す。
「えと…」
ヒナはエマをチラッと見るが。
エマは全力で首を横に振る。
「あのね、シオン君。ちょっと、ホタルと喧嘩しちゃって…」
「ホタルさんが?」
じーとシオンはヒナを見た。
ヒナは汗をかく。
「…ふーん」
シオンは立ち上がると。
出て行った。

…何か嫌な予感がした。