「それじゃ、また喫茶店「ベコニア」で」

そう言って、自称恋愛の代弁者である早乙女由希は軽快なステップを踏みながら帰って行ってしまった。私をこれからの未来に後押ししてくれるような言葉を置いて行ってくれた。”また”、この言葉はとても心を落ち着かせてくれて安心するものである。

彼と別れ後、お腹も満たせた私は特に用事もなくそのまま帰路についていた。家を出た時は凍え死んじゃうかと思うくらいに寒かったのに、不思議と今は体がポカポカしている。いざ自分のこの気持ちに名前をつけてしまえば、それからは頭の中が水樹くん一色に染められていた。それがむず痒くて、でも楽しくて嬉しくて、それはそれで悪い気は一切しない。

恋の力って凄いなぁ、なんて中学生じみたことを思っていたらあっと言う間にマンションまでたどり着いてしまった。明日は月曜日で、例え私が水樹くんに恋い焦がれていても、地球がひっくり返っても、もちろん仕事である。溜まっていた家事を片付けて、今日は1日ゆっくり過ごそう。家の鍵を探そうとカバンの中をゴソゴソと手探ってエントランスに向かっていた時。

マンションの入り口に見慣れた姿があった。寒そうに身体を縮こませて、柱にもたれ掛かっている人物を確認する。

「・・・春人、どうしているの?」

「あー、やっときた。・・・寒い」

両手をポッケに突っ込んで、マフラーに顔を埋めていたのは、少し前にショッピングモールで遭遇した春人だった。私の姿を確認すると、安心したかのようにその場にしゃがみ込む。具合でも悪いのかと慌てて彼の側に駆け寄る。春人の腕に手をかけると、とても冷たい。どのくらいの間ここに立ったままだったのだろう。

「当たり前でしょ。こんなに寒いのに馬鹿なの?」
「馬鹿って、そんなに言う?」

馬鹿は流石に言い過ぎかと思ったが、この寒さだ。せめて風を凌ぐ場所で待っていればいいのに。

「でも、どうしても直接奈央に会いたくて」
「そんなの連絡すればいいでしょ?」

へらっと笑う春人に、思わずため息が出る。もう怒る気力もなくしてしまった。彼は「よっこいしょ」とその場にゆっくりと立ち上がる。そして私と向かい合うように正面に移動した。