啓介と出会ったのは大学3年生の秋。

大学生になる時に上京して、一人暮らしを始めた私は、比較的都心の方に住んでいた。

近くにある公園を散歩するのが好きで、その公園にあるカフェがお気に入り。

学校帰りのバイトがない日には、そのカフェで課題をしたり、ただぼーっとしたり、自分一人の時間を過ごすのだ。

その年の秋は紅葉が綺麗だった。しかし私の心は荒んでいて、とにかく毎日を生きる事で必死だった。

記憶にしがみついて生きていた。

彼との思い出が消えるのには時間がかかったから。
どんなに心が沈んでいても朝は来るし、変化のない毎日もかわらない。
そう思っていた。

「これ、明日からの新作なんです。良かったらどうぞ。」

頭の上から聞こえた声に顔を上げると、にっこりと笑った笑顔には、チャーミングなほくろが目立った。

これが啓介との出会い。

出してくれたのは、オレンジピールの乗った小さなチョコレート。

「え、いいんですか?お代は…」

「いやいや、常連さんですから!食べて感想がほしいんです。」

私より年下に見えるくらいの見た目だが、ここで働いている様子を見ると2.3歳年上のようだ。

「じゃあ、ありがとうございます。」

食べているところをまじまじと見つめられていると、何となく恥ずかしい気もしたが、チョコレートのおいしさに途端にほおが緩んだ。

「おいしそうでよかった。」

「はい。こんなの初めて食べました。甘いのにちょっと苦くて…なんか秋っぽいですね。」

「秋っぽいかあ…。これ、ホワイトチョコレートをブラックチョコレートで包んでいるんです。甘さも苦さも味わえるように。確かに、秋っぽいかもしれないですね。」

ふっと微笑んだその人は、今の自分とは違う世界にいるような、キラキラしたオーラが感じられた。

「本当に、ありがとうございます。」

なんだか泣きそうになった自分に驚き、席を立とうとした。

「このチョコレートで、あなたの心を少しは癒せましたか?」

「え?」

「数ヶ月くらい前から、ここに来るたびになんだか泣きそうな顔をしているのが気になっていたんです。でも、ケーキを食べているときだけは顔を上げて微笑んでいました。」

気持ち悪かったらごめんなさい。と少し照れながら言う彼に自分を癒してくれる存在を見つけた気持ちになった。

「気づかれていたんですね。お気遣い、ありがとうございます。また来ますね。」

そう言って店を出た私は、また一人、さみしくなった。