「それで、ちょっと不安になって。
 ちょっとあなたの姿を見てみようかと、うちの会社のセミナーを受けに行って。

 そのまま、就職試験を受けて。

 偽名は使いましたけど。

 偽の書類を使うわけにもいかなかったので、古川(こがわ)をフルカワと読みかえただけだから、すぐにバレるかなとも思っていたんですが」

「基様は、仕事のこと以外はあんまり興味ない方ですし。
 人事の方などは、基様の許嫁がどなたかなんて、ご存知ないですもんね」
と高倉が言う。

 そうなのだ。

 うちの一族にも適齢期の娘はたくさんいるから、私が古川の一族だとわかっても、許嫁の名前すら知らなかったこの人が気づくはずもなかったのだが。

 ……なかったのだが、ちょっと失敗したかな、とは思っている。

 あやめという名は平仮名なこともあり、読みかえたりできなかったので、そのまま本名を名乗ってしまったのだが。

 偽名でない、あやめ、という名前を、この人の口から呼ばれるたびに、どきりとしてしまう。

 なんだかわからないが、失敗した、とあやめは思っていた。