その後、咲夜が落ち着きを取り戻すのを見計らい、颯太が二杯目の温かいコーヒーを入れ直してくれたことで再びティータイムの続きを楽しむこととなった。

辰臣も颯太も、まるで先程のことは何でもなかったことのように普段通りのやり取りを続けていて、たまにこちらにも話を振ってくれる。そんな自然な空気が何より有難かった。勿論、それでも二人が気を使ってくれていることは十分理解している。ただ、それは変な気遣いなどではなかったし、何より二人からはそれに反する心の声が聞こえてくることがなかったので、その現実が咲夜の心を軽くしてくれた。

(それにしたって、あんな風に人前で泣くなんて…。きっと、二人を困らせたよね…)

小さな子どもの頃ならまだしも、人前で涙を流すなんていつ以来だろう?
ただ、それだけ嬉しい出来事であったのは確かだ。ここ数年の記憶をどれだけ(さかのぼ)っても、こんな気持ちになったことなどなかったと自信を持って言える。

「…でね。前にも話したけど、咲夜ちゃんにお願いがあるんだ。この後、ランボーとの散歩に一緒について来て貰えないかな?」
「散歩に…ですか?」
構わないですけど…と続けると、辰臣が少しだけ申し訳なさそうに手を合わせてきた。
「実はね、散歩中いつもランボーが落ち着かなくなる場所があるんだ。何かを訴えているみたいな感じなんだけど、どうしても僕は分かってあげられなくて。咲夜ちゃんはランボーと打ち解けているし、もしかしたら何か分かるんじゃないかなって思ったんだ。咲夜ちゃん自身が気にしてるその能力に頼るようでホント申し訳ないんだけど…」

本当に申し訳なさそうに眉を下げている辰臣を前に、咲夜は首を横に振ると快く引き受けることにした。


この能力が存在する『その意味』は、今もまだ分からないけれど。
それでも、自分が好きだと思える人たちの役に立てることが僅かながらにでもあるのなら、それも良いのかも知れないと少しだけ思えた。