目の前で震えている彼女の頬を伝う涙が少なからず悲しみからではないことに安堵しつつ。辰臣は隣でどこか満足げにその様子を眺めている友人に、当人にだけ聞こえる声量で声を掛けた。

「…まったく。回りくどいんだからなぁ、颯太は」
「ん?…何がだよ?」
「とぼけても僕の目は誤魔化せないからね。気にしてる咲夜ちゃんを元気づける為にワザとあんな話題を振ったんだろ?」

あんな話題というのは、勿論『天使ちゃん』のことだ。今となっては既に己にとっての黒歴史と化しているネタだが。
過去のこととは言え、まさか本人の前でアレを暴露されるとは思ってもみなかったけれど。それでも、それが彼女を元気づける為だというのであれば、この程度の己の羞恥などどうでも良いことだ。
だが、その指摘は意外にも(マト)(はず)していたのか、颯太は一瞬キョトンとした表情を見せた。が、すぐに今度は気まずそうに、こちらから視線を()らすと頭を()いた。

「あー、別に元気づけるとかそんな殊勝(しゅしょう)な理由とかではなかったんだけど…さ。何かあいつ、変にトラウマになってるっぽかったし」

そう言って、今も涙を拭っている咲夜に視線を向ける。

「ま、確かに人前でわざわざ大声で言うようなものではないだろうけど、でも自分で望んで手に入れられるようなモンでもないんだし、あんな風に自分を責めてたって仕方ないと思うんだよな。まあ、確かに人と違う力やモノっていうのは、どうしたって好奇の目に(さら)されがちだし、今までに嫌な思いをしてきたのかもしんないけど。でも、何か勿体ないと思うんだよ」

そう語る颯太の瞳は、何処か優しい光を(まと)っていて。

(…なんか、いい顔してるじゃないか。颯太)

今まで他人にあまり干渉することがなかった颯太が、そんなことをサラッと口にするなんて。
辰臣は保護者目線で颯太の変化を喜び、感慨に浸るのだった。