「イヤな話を聞いたんだ」

そう切り出した颯太は薄暗い中でも判る程に怒りを瞳に宿していて、それでいてどこか冷たい表情を浮かべていた。普段はわりとクールに振る舞い、あまり感情を表に出さない颯太がそんな顔を見せることは珍しくて、何かがあったんだなということだけは解った。
話の続きを即すと、颯太は少しだけ言い辛そうに口を閉ざしていたが、それでも意を決するように話し始めた。

「あの飼い主は、自分の体裁(ていさい)を守る為に辰臣さんに猫捜しを依頼したらしいんだ。元々見つけるつもりなんてなかったんだよ」
「体裁を守るって…。捜す気がないのに捜させたってこと?さっき、颯太はもう猫はいないんだって言ったよな。それなら、猫は今何処にいるんだ?」

何となく遠回しな颯太の物言いに、焦れて少しだけ苛立ちを含ませてしまった。それでも、彼は何処か言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。

「猫は迷子なんかじゃなく、実際は既に飼い主の手によって保健所に連れて行かれたんだ」
処分して欲しいと。
「確認も取ったが、それは本当だった。初めは誤魔化そうとしてたけど依頼主が事実を認めた。思ってた以上に猫を心配している娘の手前、捜さない訳にはいかなくなったんだって」
「そんな…ことって…」

流石に思ってもみない、想像出来るハズもない衝撃の事実だった。それは颯太にとっても同じだろう。それに、動物を守る為に活動してきた自分を傍でずっと見てきた彼が、この事実を自分に伝えることはきっと重く、心苦しかったに違いない。
雨の中遅くまで付き合わせてしまった罪悪感もあり、気持ちの整理はつかないものの、とりあえず救済センターまで早々に戻ることにした。
帰り道。無言で二人歩く中、今まで苦に感じなかった雨が無性に煩わしく、濡れた衣服が酷く重く感じた。