「幸村くんっ」

気付けば身体が動いていた。
一歩を踏み出しかけた颯太の袖を咄嗟に後ろから掴むように引き止めると、反動で揺れて斜めになった咲夜の傘からはパタパタと大粒の雫がこぼれ落ちた。

「月岡?」
「今すぐ止めて…」
「なに…?」
「今すぐ、猫の捜索をやめさせてっ」
「はぁ?何を急に…。…いったい、どうしたんだ?」
怪訝そうにこちらを振り返っている彼に、咲夜は真剣な表情を崩さず言葉を続けた。
「捜している猫なんて、もともと何処にもいないの。どんなに捜しても見つかるハズない。だって、迷い猫なんて全部飼い主のデタラメだったんだから」
「…はぁ?」

こんなことを急に言い出したら、きっと何言ってるんだコイツ?…って不審に思われるだけだってこと位は分かってる。でも、自分は本当のことを伝えることしか出来ないのだ。

「だからこんな雨の中、もう猫を捜すのはやめて」
「突然何を言い出すんだよ、お前。飼い主のデタラメって…どこかで何か聞いたのか?その根拠は?」
「…根拠…」
本人が心の中で語っていたと話したところで普通は信じられるものでもない。でも…。

簡単には信じてもらえなくても。
たとえ、気持ち悪いと思われてしまっても。

(やっぱり、見て見ぬふりすることだけは嫌だから!)


「私、実は…。人の心の声が聞こえるの」


この能力に気付いてから、人との関わりを極力避けてきた咲夜にとって。
それは、初めてのカミングアウトだった。