それから美咲は真人の車に乗り、
自宅に戻ることにした。
「義姉さん、さっきオレが
言ったことは本気だから。
義姉さんには、
笑顔でいてほしいから。
義姉さんが、悲しむことが
あったら絶対に許さない。
たとえ、兄貴でも許さない。
義姉さんは、オレが守るよ」
「真人さん、ありがとう。
邦雄とは、夫婦だもの。
大丈夫、邦雄と
よく話し合ってみるわ」
「わかった、何か気になったら
いつでも相談にのるから。
義姉さん、覚えていてね」
美咲にとって真人の優しさが
うれしかった。
邦雄に裏切られた悲しみを
真人の優しさで癒やされた。
だけど、邦雄に癒やされない思いを
真人に求めている自分が怖かった。
自分で決めたことなのに、
今頃になって思いがつのるのが
自分でわからなかった。
だけど、これが真人に
恋をしていることとは
知る由もなかった。
「義姉さん、オレ
服を着替えてくるよ」
真人はそう言うと、
部屋の鍵をバッグに入れて
自分の部屋に入って
私服に着替えに行った。
「お待たせ、義姉さん。行こうか」
「うん」
真人は、部屋の鍵をかけると
美咲を連れて下の階の駐車場に行き、
自分の車の所に行った。
黒のBMWが、真人の車だ。
「義姉さん、乗って」
美咲は真人の車の助手席に乗り、
シートベルトをした。
「途中で車のガソリン入れるから、
寄り道していいかな?」
「わかったわ、いいわよ」
「ありがとう、この時期は
暖房でガソリンが
すぐに切れるんだよな。
まったく迷惑だよな、冬って。
寒いから本当は、
あったかい温泉に入って、
のんびりしたいのが本音だけどな。
それと鍋をかこんで
みんなで鍋パーティーもいいなぁ」
「今度、家でお鍋をしようか。
真人さん、何が食べたい?」
「すき焼きがいい。
オレ、ガキの時兄貴と
肉を取り合ってけんかをして、
おやじに怒られたことあるんだ。
今だから話すけど、
おやじが会社を興した頃は、
おふくろがあったかい鍋を
つくって待っていてくれた。
それを、兄貴と姉貴と
オレとでたくさん食えって
おやじが言ってくれた。
鍋は、子供の頃の思い出だよ」
「そうなんだ、わかったわ。
今度の日曜日に、お鍋をするわ。
楽しみにしていてね」
「ありがとう、義姉さん」
2人が話しているうちに、
ガソリンスタンドに到着した。
真人は、自分の車に
ガソリンを入れる他に
洗車をしてもらっていた。
真人が利用している
ガソリンスタンドは、
高見沢家が利用する場所で
美咲は、邦雄と一緒になった時に
一度来たことがあった。
当然、支払いは
クレジットカード払いが
当たり前であった。
「それじゃ、サインをお願いします」
真人は、カード払いを
済ませると車に乗った。
「ありがとう。義姉さん、行こう」
真人は、美咲に車に乗るように促した。
美咲は、真人の車に乗ると
シートベルトをした。
そして、美咲の家へと
車を走らせていた。
「長い寄り道をさせて
ごめんな、義姉さん」
「いいのよ、真人さん。
普段は忙しくて、
車の手入れができないもの。
私たちみたいに教師になると、
生徒のことも考えて、
家庭を考えての生活だもの。
1日が2倍あったらなんて
考えることあるのよね」
「1日が2倍か。そうだよな、
1日だけじゃ忙しくて足りないなって
思ったことあったよ。
バスケの練習に担任の仕事、
生徒たちの授業をやって、
目が回る忙しさをオレたちは、
やっているんだよな」
「保健室の仕事も同じよ。
生徒の病気を見て手当てをしたり、
生徒たちが悩みがあったら
カウンセリングをしていって、
今の学校に着任してから始めた
悩みノートは数冊になってきた。
生徒の悩みをちゃんと受け止めて
聞いてあげるのも養護教諭の
仕事だと思っているわ。
だから、私は頑張れるの」
「義姉さんの頑張りには脱帽するよ。
オレも、頑張らないといけないな。
この前のバスケの試合が
優勝できたのも、
義姉さんのおかげだよ。
オレが顧問になって、
ばらばらだった生徒たちを
まとめるのに苦労したよ。
だけど、義姉さんのアドバイスで
今に至った。本当に感謝だよ」
「私は、何もしていないわ。
真人さんの熱意が
生徒たちに伝わったのよ。
私は、そう思っているわ」
「ありがとう、義姉さんが
そう言ってくれてうれしいよ」
にこやかに笑顔でほほえむ真人に、
美咲はうれしくなっていた。
だけど、気にかかるのは
瑠衣子のことだ。
二人が仲直りをしてくれることを
美咲は、ひたすら祈っていた。