「美咲、帰るぞ。
もう恋愛ごっこは、おしまいだ」
そう言って、美咲の返事を無視して
邦雄は、美咲の手を引っ張っていた。
「いやっ、離して!」
「おまえは、亭主の言うことが
聞けないのか?」
そう言って邦雄は、
美咲の頬をたたいた。
それを見た真人は、
「何するんだ!嫌がっているだろう?」
と言った。
「美咲、おまえはオレより
真人がいいのか?」
怒りに任せて邦雄は、
激しく美咲を責めた。
「やめろよ!美咲は、
普通の体じゃないんだぞ!」
「うるさい!おまえは黙っていろ!
これは、オレたち夫婦の問題だ」
「都合のいい時だけ夫婦で片づけるな!
姉貴と浮気していたくせに、
勝手なこと言うなよ」
あんなに仲良しだった兄と弟が
自分をめぐってけんかをしている。
美咲は、苦しい気持ちでいっぱいだった。
「真人、いつから美咲と
関係を持ったんだ?
オレが姉さんと関係を
持った時からか?」
「そうだよ」
「それじゃ、美咲を
奪ったのはいつからだ?」
「オレが、熱を出した時だよ。
その時に告白して初めて関係を持った。
うれしかったよ、大好きだった女を
抱きしめられたんだから」
「この野郎!」
邦雄は、怒りに任せて真人を殴った。
「お義姉さん、お願いです。
二人を止めてください」
美咲は、耐えられなくなって
麻子に言った。
だけど、麻子は聞こうとしなかった。
それどころか逆に二人に
火に油を注ぐ言葉を投げたのだ。
「カエルの子はカエルよ。
真人は、お父様を奪った
泥棒猫の血が流れているのだから」
その言葉を聞いた真人は麻子に言った。
「姉貴、オレは何を言われても
かまわねぇが、おふくろを
悪く言うのはやめろよな」
真人の言葉に麻子は言った。
「あたしは、本当のこと言っただけよ。
泥棒猫だから、泥棒猫だって言ったのよ。
あんた、さっきから聞いていたら
生意気なことばかり言うじゃない。
邦雄と関係を持ったからって、
あんたが美咲さんと関係を
持っていいって思っているの?
火遊びにしかすぎないのに」
火遊びと聞いて真人は怒った。
けっして、火遊びなんかじゃない。
真剣な恋なのに、残酷な言い方をする
麻子に真人は怒りをあらわにしていた。
「姉貴、オレは本気だよ。
姉貴みたいに遊びじゃないよ。
美咲のことは、本気で
好きになったから子供ができた。
守れるものは、守り通してやるよ」
「やれるものなら、やってみなさいよ。
お父様が、許すかしらね」
そう言って麻子は高笑いをした。
天国から地獄に
突き落とされた気持ちだった。
美咲は、邦雄と真人が
憎しみあうのが恐ろしかった。
「美咲、子供を産んでくれ。
形は違っても、父親として
愛情を注いでいくよ」
その言葉を聞いて邦雄が言った。
「勝手なことを言うな。
美咲、子供を産むことは許さんぞ」
二人の言葉を聞いて美咲は言った。
子供を産みたいと…。
それが、美咲の答えだった。
子供を産んで育てていきたい。
邦雄が許さないなら一人で育てていく。
今は、シングルマザーが多い時代だから、
きっとやっていける。
高見沢家との縁を切ってもかまわない。
子供と二人で新しく始めよう。
「あなた、離婚してください。
以前から考えていました。
子供は、一人で育てます」
「離婚して、真人と一緒に
なるなら許さないぞ」
邦雄は、美咲とやり直したいのだろうか?
何度も、何度も、離婚には応じないと言った。
「兄貴、よせよ。
美咲が決めたことだから
言うとおりにしろよ」
「離婚してどうするつもりだ?
慰謝料は払わないぞ。
美咲は、高見沢家の家名に
泥を塗ったんだ。
おやじが、慰謝料を渡すはずないだろう」
「自分のことを棚に上げて、
よく人のことを否定できるよな。
離婚の原因をつくったのは兄貴だから、
兄貴から慰謝料もらえるんだ。
それくらい、常識だろう?
それにこのことが公になったら、
高見沢の家は大騒ぎになるぜ」
「今日のところは帰ろう。
だけど、もう一度考え直してくれ。
オレは、おまえとずっと暮らしたいんだ」
美咲は、思った。
この人とは、もう暮らせない。
おなかの子供のためにも、
真人と一緒に暮らしたい。
それがかなうまで、
時間がかかってもかまわない。
家族となって、真人と暮らしたい。
そんな気持ちになっていた美咲だった。