「美咲、愛しているよ」
邦雄は、何度も美咲を抱きしめて
激しく求めていた。
邦雄に抱かれていても
真人の顔が浮かんでくる
自分の心にうそが
つけなくなっていたのだ。
どちらでもいい。
子供を身ごもりたい。
そんな恐ろしいことを考えて
しまうようになってしまったのだ。
邦雄と抱き合ううちに自分の女の心が
悪魔に変わっているのがわかる。
抱かれているのが夫だと
わかっていても、他の男を求めてしまう
自分が怖いと思うようになっていった。
「今夜のおまえは、別の女を
抱いているみたいだよ。
激しくて誰かに抱かれたのかと
思うくらいだったよ」
「あなた」
「美咲、オレにはおまえが必要なんだ。
おまえが愛しい存在なんだよ。
だけど、オレたちに子供が
できればいいんだが、
オレには子供をつくる力がない。
高見沢家の男は、オレと弟の真人だけだ。
長男のオレに子供ができなければ、
真人が家を継ぐことになる。
真人が、幸せな結婚をして
子供ができれば、おやじは
真人に家督を譲ることになる。
長男でありながら情けない話だ」
初めて聞いた邦雄の打ち明け話に
美咲は驚いた。
邦雄との子供は望めない。
信じられないが、真実の言葉だった。
邦雄は、美咲に内緒で
治療をしていたのだ。
美咲に子供ができたら自分が
高見沢家の家督を継ぐことになる。
長男として血筋を
絶やしたくなかったのだ。
「美咲、おまえも知っているとおり
高見沢家は長男が後を継ぐことに
なっているんだ。
おまえには黙っていたが、
オレには子供は無理だ」
「あなた、子供がいなくてもいいわ。
私たちは、今までどおり
夫婦で暮らせたら十分よ」
「ありがとう、美咲」
邦雄は、美咲の気持ちがうれしかった。
子供がいなくても、
夫婦でいられたら幸せだと
言ってくれたことに感謝をしていた。
美咲は、邦雄の心情に心を痛めていた。
自分がうそをついていることに…。
邦雄と真人、自分はどちらを
選んだらいいんだろう?
今は、どちらも選べない。
体がどちらかを求めてしまい苦しいのだ。
「美咲、オレを見捨てないでくれ。
家督を真人が継いでも見捨てないでくれ」
邦雄の言葉は思い詰めているようだった。
美咲に見捨てられたくない。
そんな気持ちでいっぱいだった。
「あなた、今は養護施設で
赤ちゃんを引き受けている
ところがあるわ。
そうだわ、赤ちゃんを
引き取って育てましょう」
「わかった、おまえの
言うとおりにしよう。
養子となれば、高見沢家の家督を
オレが継ぐことになる。
このことをおやじが
理解をしてくれたら実現できる。
これで、オレの将来は安泰だ」
邦雄は、愛情よりも
自分の立場しか見ていない。
美咲は、そう思った。
子供を自分の立場を守るための
道具にするなんて許せなかった。
保身的に走る邦雄に
美咲は夫婦の間に
亀裂が入ったことを感じていた。
それどころか、真人と夫婦になって
家族を持って幸せになりたいと
思うようになっていった。