12月25日、水曜日の朝。


「沙織、早く起きて~!」
 先にリビングに降りていた、パジャマ姿の胡桃から声がかかる。

 吹き抜けの2階から螺旋階段を使ってリビングに降りると、大きなクリスマスツリーの足元に、制服姿の司君が立っていた。

「……司君!!」

 その姿を一目見ただけで、胸が一杯になってしまった。

 近くに走り寄ると、いつもと違う儚げな雰囲気を纏いながら、彼は私に返事をした。

「沙織さん…」


「…………今までどこにいたの?司君」

 宙を彷徨う表情で彼は、私を見た。

「…………燈子さんの家」

 
 ……は?!


「燈子さんの家、…すぐ隣じゃない!」

 『燈子さん用ドア』で、燈子さんの家は『シェアハウス深森』と繋がっている。

 …そんなに近くにいたなんて!!

「…………どうして?」

 私は開いた口は塞がらなくなってしまった。

「…沙織さん、ごめん。…急にいたたまれなくなって。一旦ここを離れるしか無くなったんだ」

「…………?」

 …何だか、彼の様子がおかしい。ボーっとしていて、私の目を全然見ようとしない。

 今までと同じ反応が返って来ない。
 …ちょっと心配。

「みんな心配してたんだからね~?!」
 胡桃が司君に声をかけた。

「本当に、すみませんでした。ご心配をおかけして」

「パーティーしましょうって司君が提案したくせにさ~、いないんだもん!でも、沙織を喜ばすために仮装はしたからね?後で写真だけ見せてあげる!」

「はい、是非!」
 彼は嬉しそうに、少し微笑んだ。

「何の騒ぎだい」
 燈子さんがガウン姿のまま『燈子さん用ドア』から入って来た。彼女はあくびをしながら台所へ行って、コーヒーを淹れようとしている。

「もうこっちに戻る気になったのかい」
 燈子さんはぶっきらぼうな声色で、司君に声をかけた。
 
「はい。本当にありがとうございました」
 司君は燈子さんに向かって、お辞儀をした。

「別にいいけど。あっちの家も部屋余ってるし」

「も~燈子さん!司君が隣の家にいるならいるって教えてくれたっていいのに!!」
 胡桃が文句を言うと、燈子さんはカウンター越しに台所で腕組みをしながらニヤリと笑った。

「秘密は守ってあげないとね。人として」

「おかえり、白井君」
 部屋から出てきた高野さんに、司君は頭を下げた。

「…高野さん、ご心配をおかけしました。…沙織さんと一緒に母の所に、行ってくれたそうですね」

 神原先生の家に高野さんと私が伺ったことを、司君知ってるんだ。

 高野さんは微笑み、ただ黙って頷いた。

「あ、俺がやりますよ」

 高野さんは燈子さんに声をかけ、台所の方へ歩いて行った。胡桃は自分の事の様に嬉しそうに私の肩に手を乗せて、

「良かったね、沙織」
と笑いかけてくれた。



 七曜学園は、今日(12月25日)が終業式。
 久しぶりに、一緒の登校。

 部活の早朝練習ある胡桃は一足先に学校へ行ってしまい、私は司君と二人で駅に向かって歩いている。

 姿を消した後、司君は学校に一度も登校していなかった。

「司君、燈子さんの家でずっと、何してたの?」

 彼は前だけを見て、返事をした。

「燈子さんの小説、読ませてもらってたんだ」

 私の顔を見ようとしない。

「そう………。すごく心配したんだよ?司君」

 少し避けられている様な気がして、何だか悲しい。

「…家に探しに来てくれたんでしょ?ごめんね、沙織さん。…彩月から聞いた」

「うん。…どうしても司君を探したくて。お家にお邪魔しちゃった」

「…………『霽月の輝く庭~ミラ~』を取りに帰ったら、沙織さんと高野さんが来たって彩月から聞いて。あの本をもう渡したって言うから、びっくりした」

「世界に1つだけの13巻を、貰ったよ。…素敵なクリスマスプレゼント、ありがとう」

「…………気に入ってくれた…?」

「うん!ミラの魔法がすごく素敵で、何度も読み返しちゃった!」

 小さな頃の司君に、会えた様な気がした。

「…………そう」

言魄(コダマ)は生きていたんだね!司君の物語の中で」

 彼は私の目を見ずに、少し下を向いている。

「…うん。ずっと前から沙織さんに、あの物語を知って欲しかったんだ」


「…ねえ司君」


「……何?」


 私は立ち止まった。


「こっちを見て」


 私達以外人がいない、住宅地の中。


「…………?」

「今朝から全然、私の方を見てくれて無いよね?」

「…………!」

 彼は私と向き合う様に、真正面に立った。

 言葉が出て来ない様子の彼を見て、私は驚きを隠せなかった。…やっぱり司君、今までと様子が違う。


 まるで、ここにいないみたい。


「…………」


 私は少し、彼の近くに寄って、
 彼の目を覗き込んだ。


「…………?」


 どのくらい時間が経過しただろう。


「…………」


 私の目を見ていた司君は、


「…………」


 みるみるうちに、
 顔が真っ赤に染まっていった。


 …………?!


「……トイレでも行きたいの?司君…」
「違う!!」


 違うんだ…。


「…………じゃあ一体…」





「…………沙織さん。僕、あなたとこうしていて本当にいいの…?」




「…………司君?」


 何を言っているんだろう。さっきから、『いたたまれない』とか…。






「…僕は、あなたに相応しく無いのかも」





 …………?!





「…怒るよ、司君!」





 …何を言い始めるかと思えば!




「ずっと勝手に私の事を振り回して来たくせに、今更何言ってるの?!!」



 何だか急に悲しくなって、
 泣きそうになってしまった。


「本気で怒る沙織さん、…はじめて見た」


 彼はびっくりした様子で、こちらを見ている。


「もっと怒ろうか?!!」


 距離は近いのに、
 心が遠くなってしまった気がする。


「………お任せします」


 …敬語に戻っちゃって!!
 …何だか妙にしゅんとしてるし!!


 まだ嘘ついた事を、気にしているの?!
 もうとっくに、謝ってくれたじゃない!!


「…もう、どこにも行かないでよ!!……司君…」


 涙が溢れて来る。
 いやだな、ずっと我慢していたのに。


 どうすれば、ちゃんと近づけるの?!



 彼は紺色のハンカチをポケットから取り出して、私の涙をそっと拭いてくれた。




 
「…僕の事、好き…?」







 …………………!








 はじめて、聞かれた。









 夢の中以外で。








「…………司君」







 そういえば、
 ちゃんと伝えて無かったかも知れない。








「……ごめん沙織さん!!」









「…?」







「…やっぱりトイレ!!僕、先に学校行く!!」






 彼はいきなりダッシュして、
 猛スピードで学校へ走って行ってしまった。






「…………!」









 …………司君。










 私はミラみたいに、
 嘘をチョコに変える事は出来ないし。













 嘘をパクっと
 食べちゃうことも出来ないけど。














 司君の嘘を、
 本当に変えられないかな。




















 ずっと一緒にいたいから。