…一体どう、ツッコミを入れたらいいの?

 …私のベッドから出る気、まるで無さそう!

 あまりにも行動がおかしすぎて、
 ただただ唖然としてしまう。

「本当にもう………!!!」

 私ががばっと羽毛布団を剥ぐと、中に入っていた司君は、寒そうに白いパジャマ姿の体を丸くした。

 恨めしそうな様子で彼はこちらを見ながら、反省する様子も無くこう言った。

「妙な事は何もしないよ、信じて。沙織さん」

 …………司君。

「僕からは唇にキスしない。もう分かっているでしょう?」

 …………そこは、私のベッド!

「話をしようよ?寒いから、この中で」

「……………」


 話すのはいいとして、
 一緒のお布団に入るなんて…。

「ここで昨日の話、聞きたい」

 空洞の様な、彼の目の奥。
 時々、『虚ろ』ともいえる表情を見せる。

「黒木先輩とどこへ行ったのか、とか。黒木先輩に何を言われたのか、とか」

 少しだけ危うくて、心配になってしまう。

「沙織さんに連絡を取りたくて。でも、...出来なくて」

 彼は私に向かって両手を広げた。

「…昨日は一日中ずっと、気が気じゃ無かった」

 ………ダメ。

「こっちに来て。沙織さん」

 ………………ダメダメ、絶対。

「昨日2人でどこに行って、何してたの?」

 ……………………ああ、もう!!!


 普通の感覚でいるこっちが、
 馬鹿みたいじゃない!!!!!


 私はベッドにいる彼の腕の中に飛び込み、羽毛布団を上からすっぽりとかけて深呼吸をし、聞かれた事に答えた。


「ネズミーランドに行って、黒木君に告白された」

 彼は私の体を、布団の中でぎゅっと抱きしめた。

「………やっぱり告白、されたんだ」

 柔らかくて暖かい、司君。

「だから言ったでしょ?沙織さん鈍すぎ」

 私の髪を撫でながら、
 耳元で囁く、司君。

 全身が心臓になったみたい。

「僕も行ってみたい。沙織さんとネズミーランド…羨ましすぎる」

 …行った事無いんだね…。
 …動悸が激しすぎて、おかしくなりそう…。

「…どきどきしてる。沙織さん」

「…それはそうだよ…」

 私は司君の目を見て、恐る恐る彼に質問をした。

「………ねえ、司君。嘘をついたのは、黒木君と何か関係があるの?」

 彼は私に腕枕をしながら、それに答えた。

「うん、そう。黒木先輩から1分1秒でも早く、沙織さんを奪うため」

「………!」

 急に思い出した。



『カレイドスコープ・タイム』



 燈子さんの小説に出て来る、5重人格の男性主人公。

「まともな方法で戦ったって、あんなカッコいい人に敵うわけが無いと思ったから」


 男は余命わずかな自分を嘆き、好きになった少女をある日、勢いに任せて自分の屋敷に幽閉してしまう。


「だって僕、沙織さんが欲しかった」


 そして男はゲームでもするかの様に、5人の魅力溢れる自分の人格全てを使い、退屈を持て余した夢見がちな少女の恋心を、あっという間に奪ってしまう。


「あなたの心に存在を深く刻みつけて」


 だけど。

 
 ただ一番近くにいるだけでは、完全に少女の心を手に入れる事が出来無いという真実を、男の中の1つの人格だけが悟る。


「決して僕から、離れたく無くなるようにしたかった」


 物語は完全なハッピーエンドではなかったけれど、コミカルで明るく楽しい展開と、何度も読み返したくなる繊細な設定に引き込まれ、ラストまでハラハラドキドキしながら読んだ。




 5重人格では無いけれど、色々な司君がいるんだと、私はいつも思っていた。




 今、私の目の前で話している彼は、

「どんなに汚い手を使ってでも、絶対にあなたを奪いたかった」

 心を全部、剥き出しにしている司君。


「『彼女のフリ』をやめた途端、黒木先輩、沙織さんに告白しそうに見えたから」

 いつも私の目の奥を覗き込んでいた、あの冷静な司君。

「黒木先輩が告白したら、二人は間違い無く付き合ってたでしょ?本当に」


 ……嘘をついた理由って
 …こういう事だったの。


 司君は私の両頬を掴んで、少しだけ引き寄せた。


「昨日の黒木先輩からの告白、どう返事したの…?」






「………付き合えないって、断った」







 それを聞くと、
 嬉しそうに彼はにっこりと微笑み、

 私の頬に長い、長いキスをした。









 しっとりとした彼の、柔らかい唇の感触が、私の頬に直接、伝わって来る。








 どうしてだろう、
 そのひんやりとした唇が、
 切なさを沢山、運んで来る。







「………ふふ…間に合った!」







 私は少し、ぞくっとした。
 少し自嘲気味に笑う、司君を見ながら。

「でも、……どうしてかな」

 完全にいつもと違う、彼。
 心の裏と表を、ひっくり返しているみたい。

「あまり嬉しくない。これで思い通りになったのに」

 彼は腕枕をしていない方の手で私の髪を1束だけたぐり寄せ、

「例え今、燈子さんの掟を破って沙織さんの体を僕の物にしたとしても」

 潤んだ目を伏せ、髪の束にキスをした。


「沙織さんの心は手に入らない」


 心のどこかを彷徨いながら
 彼は可笑しそうに笑い出した。


「ははは!」


 私の髪を弄びながら。



「こんなに後悔するなら、最初から嘘なんかつかなければ良かったのにね、僕」

 司君、どこかに行っちゃいそう。
 こんなに近くにいるのに。

「正々堂々と自分から告白をして、あなたの答えを待てば良かったのに」

 どうにかして、戻って来てくれないかな。

「僕は、沙織さんの全てが欲しいのに」

 気にしなくていいよ、と
 軽く言える雰囲気でも無いし。


 どう伝えれば、いいんだろう。


 もう、こんな言葉しか
 浮かばない。


「今日はキスしてって言わないんだ、司君」


 とても後悔してる彼に、
 質問できる選択肢が無い。
 

「………言えない」


 途方に暮れてしまう。


 私から彼の元へ、ちゃんとたどり着く方法は無いのかな。

 ますます巨大迷路がスケールアップしてる。

「今の僕とキスしたら、沙織さんが汚れそう……」


 もしかしてもう、元には戻れないの?


 私のベッドの中で赤裸々に告白し、
 心、ここにあらずだった司君は、



「………司君…?」



 ……?


 話しかけても、返事をしなくなった。


「………寝てるの?」


 彼は私を抱きしめたまま、
 静かな寝息を立てて、眠っていた。









「………勝手だなあ、本当にもう………!」















 翌朝。

 目が覚めるともう、ベッドの中に
 司君はいなかった。