電車を乗り継ぎ、私たちは目的地へと到着した。

 日本一有名な、銀杏の並木道。


 美しく色づく、長い長い並木道の間に立ち、彼は夢見る様に呟いた。

「…圧倒されますね...!綺麗すぎて…」

 この通りは今が紅葉真っ盛りのため、大勢の人で溢れ返っている。

「去年は色づく少し前に来たの。今年はバッチリ見ごろだね。良かった!!」

 私は黄色の葉で埋め尽くされた落ち葉の中を彼と手を繋いで歩きながら、幸せな気持ちで一杯になった。

「…沙織さん」
 彼は、突然足を止めた。

「生徒会長と二人で来たんですか?…去年は」

 私はびっくりして、首を横に振った。
「ううん!違うよ。胡桃と高野さんと3人で来たの!アルバイトに行く前に」

「…そうですか。なら、いいです」

 彼は、落ちている枯れ葉の絨毯を見つめている。

 嫉妬してくれているのだろうか。

「……」

「黒木君とは、付き合っていたわけじゃないよ」

「『彼女のフリ』?」

「…!!……どうして知ってるの?」

 黒木君と私以外は、胡桃しか知らない事なのに。

 彼はもう一度銀杏並木に目を向け、大きく息を吸い、白い息を吐き出した。

「沙織さんの事ですから知っていますよ。何でも」

 相変わらず謎が多い、司君。
 一体、どこまで知っているの?

「………」

 これ以上説明してくれる気は無さそう。

「会長に頼まれたんですか?『彼女のフリ』」

「…ううん。私から黒木君に提案したの。知らない下級生の女の子たちに付きまとわれて、すごく困っていたみたいだったから」

 彼は大きく目を見開いて私を見つめた。そして乾いた落ち葉を猛スピードで拾い集め、それらを私の頭の上から

「えい!」
と、シャワーの様にパラパラ落とした。

「わっ!!!何するの?!!司君、ひどい!!」
彼は、落ち葉まみれになった私の姿を見て、楽しそうに笑い出した。

「ははははは!!!」

 私はつられてちょっと笑ってしまい、対抗するため下から両手ですくい上げる様に、彼に向かって落ち葉をぶつけた。

「えい!!」

「わっ!!!!」
 彼も一瞬で落ち葉まみれになり、自分の姿を見ながらまた笑っている。

 …何なのよ、もう!!!!!

 彼は落ち葉を払いながらこちらに近づき、私の服にくっついた葉を一枚一枚、ゆっくりと取ってくれた。

「…困った人がいたら誰彼構わず『彼女のフリ』をしてあげるんですか?」

「…そんな事…」

「お人好しですね…沙織さんは」
 頬っぺたについていた最後の一枚を取りながら、彼はそっと私に顔を寄せた。


 …何だか私、急に
 司君に怒られてる...?


「相手が、会長だったからですか?」
 信じられないくらいの、至近距離。


「…そうだね」
 ちょっとでも動いたら、触れてしまいそう。


「…会長の事が、好きでしたか?」
 どうしよう、動けないし逃げられない。


「…黒木君をそういう意味で好きだった事は、一度も無いよ」


 それは、嘘ではない。


「……」

 司君、いつもと違う。
 静かに見つめながら、少しだけ怒ってる。

「黒木君は、私にとって大切な友達だから。力になりたかった」

 彼は私の頬についていた落ち葉をくしゃっと握り締めた。

「…例えば今、僕が」

 もう少しで、唇が触れてしまいそう。

「『キスして』ってお願いしたら、してくれますか?」


「……」


 また、キスの話題…。


「……司君…」


 少しだけ憂いを帯びた、彼の表情。

 悲しいのか寂しいのか、それともただ私をからかっているのか、良くわからない。


 彼は私から体を離した。

 急に息が出来る様になり、はじめて今まで息を止めていたんだという事を知る。


 ………そのうち私、ドキドキし過ぎて死んじゃうんじゃないかな?!!!!


「…僕だって、困っています」


 …………。
 

「……こんな気持ちは、初めてで」













 私が口を開きかけた瞬間、誰かが突然声をかけてきた。


「白井君、有沢さん」


 声がした方を振り向くと、並木道脇のベンチから、風間さんが立ち上がった。


「こんにちは」


 私は思わずびっくりし、目を見開いて彼女を見つめてしまった。

「こんにちは、風間さん。...すごい偶然だね」

 こんな人の多い場所で、ばったり会うなんて。

「風間さんも今日は、観劇?」
 司君が声をかけると、彼女は頷いた。

「母が『既望』役で、出演しているから」
 

 …え?

 …状況がイマイチ、良くわからない。


 彼女は鞄の中から、一枚のチケットを取り出して見せてくれた。

 『霽月の輝く庭~既望~』の、前から7列目。

「『既望』役…って事は、風間さんのお母さんって、もしかして…あの、大女優の…」

小枝麗華(こえだれいか)です」


 …えええええーーーーー!!!!!


「し、知らなかった…」

「あまりこういう事は、公にしたくありませんから。知らなくて当然だと思います」
 風間さんは相変わらず、触った瞬間に凍りついてしまいそうな、ブリザード的表情を浮かべている。

「司君は、知ってたの?」

 彼は頷いた。

「僕の母は昔から、風間さんのお母さんと仕事とプライベート両方で、仲が良いですから」

「…そうだったの…!」

 最近、びっくりする事ばかりである。

 まさか私の大好きな小説『霽月の輝く庭』の作者である、小説家の神原彩架月先生が司君のお母さんで、舞台で主演を務める女優の小枝麗華さんが、風間さんのお母さんだったなんて!!


 この『霽月の輝く庭~既望~』シリーズの舞台は、過去4回上演されている。

 キャストは毎回少しずつ変わっているけれど、主演の小枝麗華だけは変わらずにそのまま続投となっており、この舞台は彼女無しで成功はあり得ないと言われていた。

「せっかく母からチケットを貰ったから、一人で観に来たんです。少し早めに着いたから、近くだし紅葉も見ておこうと思って…」

 風間さんは、自分の腕時計を確認し、
「…そうだ」
急に思いついたように、私と司君を交互に見つめた。

「まだ時間も早いし、3人でお茶しませんか?」