「二人は知り合いだったんですか?」

「うん、ちょっとね…」

 風間さんは、見つめるだけで全身が凍ってしまいそうな眼力ビームを放っている。

「有沢さん。生徒会長と白井君、一体どちらと付き合っているんですか?」

 彼女は続けて、聞いてきた。
「堂々と、二股をかけているのでしょうか」

 …そろそろもう、彼女からは逃げられない。

 でも今、私がはっきりと
 彼女に答えられる内容は、ただ一つ。

「……白井君と付き合ってる」
 私は彼女から目を逸らさずに、返事をした。

 …こんな言い方だけじゃ絶対、納得はしてくれないよね...。

 私はキョロキョロと辺りを見回し、声のボリュームを小さくしながら言葉を続けた。

「風間さん、私、…黒木君とは何もないの!」

「...!!じゃあどうして、あなたは何度も会長と…」

「一緒に出かけてただけ。信じて」

「……?!!」

「お願い。詳しい事は、黒木君に直接聞いて!絶対に彼も、同じ事を言うと思うから」

「また誤魔化すつもりですか?!有沢さん!!」

 司君は黙ってこの会話を聞いていた。


 そこへ噂の生徒会長・黒木遼河が現れた。

「何をしている!」

 黒木君はよく通る重低音の声で、私に怒鳴り声を上げていた風間さんを一喝した。

 『七曜学園・生徒会執行部』という文字が入った、銀色の縁取りが施された黒い腕章を、彼は左腕につけている。

「もうすぐ授業が始まる。早く教室に入れ!」

「…申し訳ありません」

 風間さんは、黒木君に謝罪した。

 同じ腕章をつけた副会長の水谷君と会計の日野君が、黒木君に忠実な騎士であるかの様に、彼の後ろを歩いている。

 黒木君が声を放つだけで、
 あたりの空気が、一変する。

 彼は『霽月の輝く庭』に出て来る最強にして最後の魔獣『雷夢(ライム)』を、私に思い起こさせる。

 中学1年生の時から、ずっと彼は私と同じクラスである。

 彼以外同じ中学だった人は同学年に1人もいなかったので、この学校の中では私にとって彼が最も古い友達、という事になる。

「有沢」

 こちらに近づいて来た黒木君は、
 司君と手を繋いだままの私を一瞥し、

「後で話がある」
 それだけを言った。

「…うん」
 私が答えると、彼は1年生二人を従えたまま、校舎の中へと入って行った。


 チャイムが鳴った。


 HRが始まる合図だ。もう教室へ向かわなくてはならない。

「風間さん、話はまた今度!」
 私は風間さんに声をかけ、どうにか彼女から逃げる事に成功した。

「…!」

 そして玄関で靴を履き替えてから、私は司君に声をかけた。
「司君、じゃあ『未来志向』でね!」

「沙織さん!」
 彼は最後に、心配そうな様子で聞いてきた。

「…気をつけて」

 私は苦笑して、頷いた。
「うん。ありがとう」










 2年2組の教室にて。

 朝のHRが終わると、席が近くだった黒木君は私に、今度は小声で話しかけてきた。

「昼休みに、屋上」

「…わかった」








 昼休み。


 私は黒木君と話すため、お弁当を持って屋上へとやって来た。

 冬の屋上はとても寒いためか、ランチタイムなのに黒木君と私以外、誰一人としていなかった。彼の後ろをいつも歩いている1年生2人も、珍しく今日は席を外しているのか、どこにも見当たらない。

 黒木君は私がお弁当を広げる間もなく、いきなり本題に入った。

「有沢、お前…あの図書局の1年生と、付き合っているのか」

 身長185㎝の彼は足早に、つかつかと歩み寄って来る。

「うん」

 今までに見た事の無いくらい恐ろしい顔をして、彼はすぐ近くの壁際へと、じりじり私を追い詰めていく。

「…聞いていないぞ…」

 凍てつく冬の風が、全身を吹き抜ける。
 いつの間にか、彼は目の前に立っている。

「…?…」

 浅黒い肌に、彫りの深い顔立ち。
 私の瞼に、彼の吐息が微かにかかる。

「…俺はそんな話、何一つ聞いていない…!!」

 彼は、何もかもを壊すくらいの迫力で、一気に壁に両手を突いた。



 ドカーーーーーン!!!!!



「……!!!!!」


 
 パラパラと、壁の一部が剥がれ落ちる音が聞こえる。


 私は壁と彼の間に、
 完全に、閉じ込められた。



 ………………殺気!!!!!




 トキメキでは無く恐怖しか与えてくれない、魔獣の壁ドン!!!!!




 何だか私、今、命が危ない!!!!!





「いつからだ…」 



「…え?」



「いつから付き合い出した?」



「…一昨日から」



「…」



「黒木君には今日、ちゃんと言うつもりだった」



「……」



 私はちょっと、悲しくなってしまった。
「どうして怒ってるの?黒木君」

 黒木君は額に血管を浮かべたまま、ゆっくりと答えた。
「…怒ってはいない。びっくりしただけだ」


 いや、絶対怒ってるから!!!


 怖いから!!黒木君!!!



「驚かせてしまったか…?すまなかった」


「………ううん」
 
 …こんなに黒木君が怒るとは、夢にも思わなかった。

 私が誰と付き合おうと黒木君にはもう、関係無いはずだし。

 でも。

「ごめんね。もう黒木君の『彼女のフリ』は、出来なくなっちゃった」

 黒木君はそれを聞くと一瞬目を伏せて、とても苦しそうに、

「…ああ。もう、あんな事はしなくていい」
 と私に言った。

「…うん」

 私は、高校1年生の冬から時々、黒木君の『彼女のフリ』をしていた。具体的には学校で恋人に見える様に側にいたり、月に1回くらい一緒に出かけるだけであったのだが。

 生徒会長の黒木君をはじめ、『七曜学園生徒会執行部』の人気は絶大であったため、フリとはいえ『生徒会長の彼女』は学校中の大注目を集めていた。

 だが、つい最近それを、黒木君が突然やめようと言い出した。

 彼は詳しい理由を告げないまま、完全に私を自由にしたのである。

「…本当に、危ない思いをさせて悪かったな」