ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋




『たまには家で寝るか。』

伶菜が入院してから退院するまで、病院の仮眠室に泊り込んで自宅へ帰っていなかった。
帰れなかったというよりもなんとなく帰りたくなかったというのが正しい。

『ずっとシャワーだけだと、さすがに疲れが取れないよな。』


日勤で終わったこの日。
俺は久しぶりに自宅へ帰ることにした。

前に自宅にいたのかがいつだったのか思い出せない。
ここ2~3ヶ月は多忙を極めていたこともあり、自炊をしていなかったせいか、生ゴミなし。
ついでに冷蔵庫に買い置きしてある飲食物はビールとチーズと調味料ぐらい。


『買ってきたものを入れても、まだ収納キャパが充分あるって生活感ナシ。』

帰りに寄ったスーパーで新鮮さに惹かれ購入した(さば)
3枚おろしにして貰ったその(さば)で竜田揚げを作ろうと食器棚に置いてある銀色のトレイを取り出した。


『そろそろニュースがやる時間か。』

竜田揚げの下味用漬けダレを作るために冷蔵庫から取り出した醤油を持ったまま、TVのリモコンを探し、TVをつけた。



「今日の特集です。現在承認されている小児用人工心臓は外国製が大半を占めています。国内の医療機器メーカーでは現在、国内産の小児用人工心臓の開発を進め、大学の開発研究チームと連携して治験の準備も進めています。」

漬けダレ用の調味料を混ぜ合わせながら、TVのほうへ視線を向ける。
産婦人科医師である俺は心臓とか専門外。
けれども小児という言葉で聴こえて来たニュースの声に興味をひかれた。


「治験の実施を予定しているのは、国内では小児心臓移植が行える施設に限られています。そのうちの施設の1つである東京医科薬科大学病」

『やっちゃったな。』


漬けダレの入ったトレイに鯖を入れようとした瞬間。
菜箸から(さば)が滑り落ち、トレイの周りだけでなく、床の一部、そして自分の衣服にも調味料が飛び散ってしまった。

それらを台ふきんで拭き取ったり、台ふきんや衣服を水で洗い流した後に洗濯機へ運んだりしているうちに、先程放送されていた小児人工心臓のニュースは終わってしまっていた。