【Hiei's eye カルテ54:運命のイタズラパズル】



ポーン♪

「50メートル先、左です。」


浜名湖から入江さんが予約してくれたホテルに向かう車中。
何度言葉を発しようと思ったことだろう。

”今日は祐希がこうだった” とか ”お兄ちゃんが作ってくれたカルボナーラ、美味しいからまた食べたい” とか

いつもなら、口下手であまり喋らない俺にそんなふうに楽しそうに話しかけてくれる伶菜が一切喋らない。

ただでさえ珍しく緊張というものを感じているのに、いつもとは違う彼女が隣にいると思うと、緊張は更に増すばかりだ。


「目的地付近に到着致しました。これにて案内を終了致します。」


カーナビのやけに整いすぎた女性の声だけが響くクルマを走らせているうちに、彼女と一言も交わさないまま、目的地に到着してしまった。


目的地に着いたと言っても、今、自分達がいるのは地下駐車場。
天井には剥き出しになっている配管が至るところに張り巡らされていて、やや薄暗い。
今いる場所から地上には何があるのかわからないせいかなのか、伶菜はぼんやり前を見たまま動こうとしない。


でも、このままずっとここに居るわけにはいかない。
だから、彼女の頭に載せたままだった白衣をそっと外してやり、一緒にクルマを降りてエレベーターに乗った。


乗ったエレベーターは駅直近の高層ビル内のもの。
中層階には多数のオフィス、高層階にはレストランやラウンジバー、そしてホテルの客室があるらしいこのビル。

ドアをじっと見てまだ黙っている伶菜はどこに向かっているかなんて気にしていなさそう。
その隣で俺は1階のボタンを押す。

今、向かっているのは、1階にあるホテルのフロントだ。


ドアが開いて、2、3歩、歩みを進めた直後、立ち止まってしまった伶菜。
ふとその表情を覗きこむと、明らかに拍子抜けしている様子。

どうやら入江さんが渡してきたホテルのカードキーの存在が何だったのか、気がついていなかったらしい。
ホテルに連れて来られるなんて思っていなかったんだろうか。


彼女にそこから説明をしなければいけない、どう説明しようかと頭を動かし始めた時、

「日詠様、お待ちしておりました。」

ホテルのフロントスタッフの男性に声をかけられた。


しかも、入江さんから事情を聴いていたらしい様子のその人が、俺と伶菜を別々に誘導してくれたせいで、伶菜に説明する機会をあっさりと逃してしまった。