たったひとりになってしまった砂浜の上に落ちたままだった自分の白衣。
その裾が潮風に乗ってゆらゆらと揺れている。
それを拾いながら、伶菜が入っていったトイレのほうへ目をやるも、彼女がこっちへ戻って来るような気配はまだない。
彼女はなかなか戻って来なさそうだと溜息をつきながら、手に持ったままの白衣を肩に下げる。
その時に肩に感じた重み。
それによって昨日の夜中に病院からの緊急コールで自宅から出勤した時のことを想い出した。
『まだ伶菜に渡してなかったな・・・』
それはスラックスのポケットに入れた物のこと
今までの俺を支え続けてくれた、自分にとってかけがえのないもの
ずっと一緒に暮らしていた高梨の親父が亡くなって、高梨家から離れた日の別れ際に高梨のお袋から手渡されたオルゴールと、親父お手製の革製の空色のジグソーパズル
これを婚約者の元へ引っ越して行く伶菜に譲ろうと思ってスラックスのポケットに突っ込んだ
高梨の親父の形見であるこれ
俺がずっと持っていたら、伶菜はこのジグソーパズルの完成図を知ることがないだろうと思ったから
彼女に親父の形見を譲るという目的なら、兄貴らしい行動に違いない
実際、その時はそういう目的のために大切にしまっておいた自室の戸棚から持ち出した
でも、自宅から出勤して、病院に到着して、白衣に袖を通した時
それを入れていたスラックスのポケットの上を手が掠めた瞬間に、その目的が頭の中からすうっと消えた
消えたものと入れ替わるように、頭に浮かんだ想い
それは、”伶菜がパズルの完成図を知ることで、親父が望んでいたと思われる家族の形を知って欲しい・・・”
そんな自分勝手な想い
その想いを自分のかけがえのない物に託して、彼女に渡して、それでも、彼女が婚約者の元へ行くのなら、俺は彼女と一緒に居ることを諦めよう
そんなことを考えながら、それを白衣のポケットに移した
その状態で、俺は自分がすべき仕事をこなし続けた
そして、仕事の合間に息抜きをしていた病院屋上に丁度やって来た伶菜を見て、”もうこれで別れになるかもしれない” と俺はポケットの中でそれをぐっと握り締めた
その握り締めた物は、その時の伶菜に渡すことなく、
今、まだ俺の手の中にある
それを渡して離れ離れになるはずだった伶菜も今、
自分の手を伸ばせばすぐに届くところに居てくれる
『・・・・コレだ。』
親父が望んでいたらしい家族の形
それは、今の俺が望んでいる家族の形
そう思った俺は、白衣のポケットから少し色褪せたオルゴールを取り出して、それを砂浜の上に置いた。



