もしそうだとしても
伶菜が退院したら、
昼間は外来診察や病棟での処置、手術等を行い、夜は病院の仮眠室で毛布をかぶって寝る
途中、急患コールで起こされ、慌てて白衣を羽織って、急患が落ち着いたら、産婦人科ドクタールームのソファーで白衣を着たまま倒れこむように朝まで眠る
特定の人物の表情とか気持ちとかをいちいち気にする暇も余裕もない
そんな元の自分の生活に戻るだけ
ただそれだけじゃないか・・・
『たまにはウチのベッドで寝ないとな・・・』
俺は自分の心の中に沸き起こった気持ちを自分なりに整理し、看護師によって作成された退院計画書の主治医確認欄にサインした。
それを手にして、早速、伶菜のいる病室へ向かう。
夕食時の病棟の廊下。
ほのかに食事の香りが漂っていて、それにつられるように自分の空腹ぶりを感じる。
「日詠先生、こんばんは。まだお仕事ですか?」
『ええ。すぐ終わる仕事って感じです。』
もう食べ終わったのか、食器が載せられたトレイを配膳ワゴンのほうへ片付けようとしている産婦さんに声をかけられた。
「お祝い膳、美味しかったです。ここの病院のは評判いいから楽しみだったのですが、期待通りでした。」
『お口に合ったようで良かったです。食事担当にも伝えておきます。』
お祝い膳とは、病院からの出産の祝いとして、産婦さんの退院前日の夜にフランス料理のメニューが提供されるもの
彼女が言ったように、ウチの病院のお祝い膳は名古屋市内の高級ホテルのレストランシェフ監修のメニューになっている
そのため、体調管理を第一に考案される病院食とは異なる味付けで、そのままレストランで提供されても病院の調理室で作っているとか気がつきそうもないぐらい美味いらしい
「是非お伝え下さい♪・・・退院したら、ゆっくり食事する暇もないって聞いているので、じっくり堪能させて貰いました・・とも。」
『退院後は授乳やらオムツ替えやらで、ご自分の時間がなかなか取れないらしいですから、良かったですね。』
「ええ、日詠先生にも本当にお世話になりました。ありがとうございざした。」
『僕は特には何も・・・・どうかお大事にして下さい。』



