こんなに冷たい風が吹き荒れている。
それなのに、水に浸かっている腰から下だけでなく、髪の毛も頭の上から水滴がするりと流れ落ちるがはっきりとわかるぐらい著しく濡れている。


『伶菜!!・・・大丈夫か?』


普段から寒がりな彼女をとにかく早く引き上げなければ・・・と彼女がいるその場所まで自分も足を取られそうになりながらも急いで駆け寄る。
俺が近付いて安心したのか、彼女のビックリした表情は眉間に皺を寄せて泣きそうな顔に変わる。


「だって、お兄ちゃん・・・お兄ちゃんが・・・どんどん海の中に入ってしまってたから・・・・死んじゃおうとしてるのかと思って・・」

急いで抱きかかえて水の中から引き上げた伶菜が俺の腕の中で切なげな声でそう言ってくれた。
それで俺はようやく彼女が湖の中まで俺を追いかけて来た理由をようやく理解した。



「お兄ちゃんが死んじゃったら・・・私のコト、祐希のコトを・・・誰が何度でもなんとしてでも救ってくれるの?私、お兄ちゃんじゃないとイヤなの!!」


お前と祐希のコトを遺して死のうなんて
これっぽっちもなかったのに
そんな心配までかけていたんだな

今はただ、どうやったら彼女を泣かせずに、そして、不安にさせないのか考えていただけなのに

それぐらい今日の俺は
伶菜から見てもいつもとは異なり
どこかおかしい俺だったのかもしれない

確かに俺が緊張するとか
自分でもいつもとは違うことは自覚してる
多分、自分の想いを彼女にどう伝えたらいいのか考え過ぎてしまっているからだろう


でも、本当はどうしたらいいのか考えるよりも、
勇気を出して、自分の想いを(さら)け出してしまえばいいのかもしれない

というか、もう自分をコントロールできない
彼女がスキだという想いを腹の中にぐっと収めておいたままにすることなんて
もう無理なんだ

その想いをやっぱり言葉にできない口下手な俺は、自分の唇を彼女の口元に寄せる。

彼女のことがスキだというこの行為の意味を彼女が感じ取ってくれたら
唇を奪ってしまおう

言葉で言わなくても自分の想いが伝わるようなキスを
寒空の下で冷え切ってしまっている彼女の唇に落としてしまおう

お前のことをもう妹してなんて見れない
本当は、ずっとずっと自分の手で幸せにしてやりたいと思っていた相手だったんだという想いが伝わるようなそんなキスを・・・


そう心を決めた矢先だった。




「伶菜さん、気をつけたほうがいいよ・・・そいつもかなりの策士だからね・・・」

長年の俺の想いを知っている人間の、どこか挑発的に聞こえる声がしたのは。