『冷たいな・・・・・太陽はちゃんとそこにあるのにな。でもこの景色は全然変わらないんだな・・・』

その頃よりも大きい放物線を描いて宙を舞う水しぶき。


その水しぶきが消えた瞬間、
過去の話も
自分の想いも
彼女にちゃんと話そう・・・そう心が決まった、その時だった。


「お兄ちゃん、ココ来たことあるんだ。」

『ああ、親父がまだ生きてる頃に・・・潮干狩りでな・・・俺の記憶の中では最初で最後の親父とお袋との旅行だった。お前も一緒に来てたけど、まだ小さかったから覚えてないだろう。そんな景色をお前にも見せてやりたくてな・・・』

「お父さんとお母さんと一緒に・・・来れたんだ・・・」



背中越しに聞こえてくる伶菜の声はどこか羨ましそうで。


彼女だって一緒にここに来ていた
けれども、まだ物心なんかついていない赤ん坊の頃だ
あの時の記憶なんてなくて当然だろう


『ああ、俺の大事な景色のひとつ。夕陽が沈んでいくのもこうやってなるべくより近くで見たくて、海の中まで足を踏み入れたんだ。』

だからちゃんと伝えてやる
俺の大事な想い出はきっと、お前の大事な想い出でもあるだろうから


でも、そんな考えは
後ろを振り返った俺が泣きそうな顔の伶菜を見たことによって 
もしかしたら俺の一人よがりな思い込みだったかもしれない
・・・そう思った。


いつになったら
伶菜を泣かせないようになれるんだろうか?

どうやったら
彼女の不安を取り除いてやれるのだろうか?

そう考えながら、なんとなく夕日に向かって歩いていた俺の背後から、波の音だけじゃない水音と共に聞こえてきた音。


「お兄ちゃん、あぶ、キャッ!」

それは伶菜の悲鳴混じりの声とジャボンという何かが沈むようなさっきとは異なる大きな音。


伶菜が自分を追いかけて冷たい湖の中に入ってきてしまったんだと振り返る。
すると、そこには、ビックリした顔をしながら湖の浅瀬で足を取られた格好でしゃがみ込んでいる彼女の姿があった。