ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋



『着いたぞ、降りてみよう。』

そこは、懐かしい潮の香りが直接鼻と頬を掠める白い砂浜がある浜名湖の海浜公園だった。


湖面に立つ所々色褪せた朱色の鳥居。
視線を更に前方に移すと、アーチ状の橋が湖を横断するように掛けられている。
目を凝らすと、そこには運送用トラックなどが頻繁に行き交っているように見える。
この橋は俺が幼い頃に高梨の両親に連れられてここにやって来た時にはなかった光景だ。
その時見た景色は、鳥居がもっと遠くに見えていたような気がする。


その距離感を確かめてみるために砂浜に降りてみようと歩き始めるも、寒いから白衣でも羽織ったほうがと伶菜に呼び止められた。

そういえば、病院から直行したから、Yシャツは着ていたもののロクに着替えてなかった
ひゅっと吹き付ける海風も冷たい
でも、久しぶりに変に緊張とかしているせいか、そんなに寒くない

だから忙しい日常から少しでも離れたい俺は白衣から目を背ける
今は余計なことである仕事を連想させてしまうから

そんな頑固な俺を理解してくれたのか、伶菜は差し出した白衣をかけた腕をすっと引っ込めて心配そうな顔して笑った。


その笑顔がさらに俺を緊張させる
自分の想いをちゃんと彼女に伝えなくてはと思っているから尚更だ

緊張するとか・・・ここ最近記憶がない
どう対処したらいいかもわからない


そんなカッコ悪い状態の自分とか正直見られたくないと思った俺は、ザザザッという心地いい音を立てる波に引き寄せられるように波打ち際に近付いた。
そして、夕陽が沈むのでも見て、少し頭を冷やしたいという気分になった俺は靴を履いたまま、波打ち際に足を踏み入れる。


革靴でも、さすがに海水にどっぷり浸かってしまったせいか、靴内にじわじわと水が入り込んでくる。
靴下が足裏だけでなく、足の甲にもベッタリと貼り付く。

大人になってからここまでびしょ濡れになった覚えがない俺
伶菜を抱っこしたお袋の、”服がびしょ濡れ~” という背後から聞こえる大きな声を耳にしながらも、俺は父親と水面を勢い良く蹴り上げて遊んだっけな

それも伶菜に話しておきたかった過去の話
俺の大事な想い出のひとつであるその話からしてみるのもいいかもしれない

そう思って、あの頃と同じように水面を思いっきり蹴り上げる。