「着いたぞ、降りてみよう。」
お兄ちゃんはおもむろにシートベルトを外しながらそう言い、私がコートを着ている間に彼は車から降りてしまっていた。
しかも、袖口、襟元ともにルーズな状態のワイシャツ姿のまま。
クルマから降りたその場所は
赤い鳥居がはるか左前方にそびえ立ち、そのはるか奥には車の往来がある大きな橋が遠くに見える。
これまた目の前一面が青く広い空と海が見える白い砂浜だった。
かなり冷たい北風が吹きつけてるけれど
寒くないのかな?
コートとかないよね?
さっき白衣のまま車に乗り込んだんだから
「さ、行くぞ!」
『お兄ちゃん、寒いから白衣でも羽織ったほうが・・・』
私は急いで後部座席に無造作に置かれていた彼の白衣を取り出して彼に差し出した。
「こんなところでまでそれを着たくないな。こんな時までね・・・」
彼はそれを私にそっと押し返して小さく笑う。
なんとなくだけど、彼は何か思い詰めているような、そんな顔にも見えてしまった。
そして、彼は白衣を抱えたままの私に背を向けて、砂浜のほうへ歩いていく。
既に彼の足取りに遅れを取っていた私。
そんな私にお構いなしに彼はさらに前方へ進んでいた。
前方、すなわち空と海のほうへ。
そしてとうとう波打ち際にまで足を踏み入れた彼。
「冷たいな・・・・・太陽はちゃんとそこにあるのにな。でもこの景色は全然変わらないんだな・・・」
そう呟きながら右足でパシャっと大きく波を蹴り上げた彼。
その瞬間、彼の左前方には豪快な水しぶきが巻き上がる。
『お兄ちゃん、ココ来たことあるんだ。』
私はギリギリ波が届かないところで立ち止まり彼に問いかけた。
「ああ、親父がまだ生きてる頃に・・・潮干狩りでな・・・俺の記憶の中では最初で最後の親父とお袋との旅行だった。お前も一緒に来てたけど、まだ小さかったから覚えてないだろう。そんな景色をお前にも見せてやりたくてな・・・」
『お父さんとお母さんと一緒に・・・来れたんだ・・・』
私の知らなかった風景
それを見せてくれたお兄ちゃん
どういう想いで私をここに連れてきてくれたんだろう?
「ああ、俺の大事な景色のひとつ。夕日が沈んでいくのもこうやってなるべくより近くで見たくて、海の中まで足を踏み入れたんだ。」
お兄ちゃんは振り返って、最高に穏やかな笑顔を見せ付けて更に前へ進もうとしていた。



