こんな男にもう伶菜を任せるわけにはいかない
自分が今、持っているモノを全て捨てても
”親父の信念を俺が引き継ぎたい” というずっと大切にしてきた想いをも捨てても
これからは伶菜達と誰も知らないところで一緒にいられればいい
・・・そう思って書いた退職届
それが、他人を殴るという暴行を働いたという行為に対する戒めのためのものになるなんて、自分自身でも想像していなかった。
そんなことになってまで伶菜の手を離すことなんかもうできないと思う俺は
彼女のことを裏切ったこの男と大差ないのかもしれない
そこまで落ちぶれても
伶菜の手を離したくない
そのために自分の手で自分をどん底まで落としたんだ
これからはどんなことをしても
彼女を幸せにするために
そのどん底状態から這い上がる
『・・・・・・行くぞ、伶菜。』
だからその手を離すことなく
その手を強く引いて
ゼロから始めるんだ
いくら他人に理解されなくても・・・
そう覚悟を決めて、伶菜の手を引き、そして、白衣のポケットに入れたままだった退職届を福本さんに差し出す。
その瞬間、掴んでいる伶菜の手がかすかに震える。
きっと、今のこの状況がどうなるのか不安で仕方がないのだろう。
そして、俺に退職届を差し出された福本さんはいつになく鋭い視線で俺の様子を窺っている。
どういうコトだ?と言わんばかりの瞳で。
伶菜のそういう反応、そして、福本さんのその視線に囚われた俺の伶菜を連れ去る足が動かない。
その状況の中で、渡りに船と思ったらしい三宅が退職届を提出しようとしている俺を彼女の母親の病院で受け入れるなんてことを口にする。
そんなつもりの退職届なんかじゃないと心の中で溜息をついた瞬間。
奥野さんが三宅の頬を叩く音
微風がふわりと吹く屋上にその音が鋭く響いた。



