「悪かったわね。自宅で寝ている最中に呼び出して出勤させちゃって。」
『いえ。奥野さんも漿膜下筋腫の患者のオペだったんですね?』
「そう・・・急に筋腫茎捻転を起こして・・痛みもかなり強かったから、緊急でオペ(手術)したの。」
子癇発作を起こした妊婦さんの状態を確認した後、産婦人科ドクタールームに戻り、缶コーヒーを飲んでいる最中に奥野さんに声をかけられた。
『捻転・・・夜間に大変でしたね。』
「そう。だから、美咲をフォローできなくて・・・で、そっちにコールが入ったんだよね?ゴメンね。あたしが美咲の指導医なのにさ~。」
『大丈夫ですよ。部長から、お前も美咲のフォローに入るようにと言われてますから。』
「ホント助かるわ。」
手術を終えたばかりなのか、手術着のままの奥野さんにもう1本買っておいた缶コーヒーを渡す。
彼女はありがと・・と言いながら、それを受け取りソファーに腰掛けてそれにゆっくりと口を寄せる。
仕事大好き人間の奥野さんでもさすがに夜間の緊急手術は疲れたようで、ほっとした表情を覗かせる。
「そういえば、伶菜ちゃん、結婚するんだって?」
伶菜がウチから出て行くまで残り24時間を切っているはずの今。
ようやく患者さんの急変という緊張状態から解かれたらしい奥野さんが何の前触れもなく、その話題に触れた。
『・・・そうですけど。どこからその情報を?』
「なんとなく予想ついてるでしょ?」
『福本さん・・・ですか?』
「当たり。」
入江さんといい、奥野さんといい・・痛いところを突いてくるものだとこっそりと溜息をつく俺。
「今回は案外、落ち着いているのね?」
『・・落ち着いてる・・ですか?』
「こうやっていつも通りきっちり仕事してるし・・・ちょっと前の日詠クンなら、伶菜ちゃんが絡むと危なっかしいところあったし。」
確かに奥野さんには伶菜絡みで色々お世話になった
・・・妊娠中の伶菜の内診をお願いしたり
・・・父さんがいる大学病院に転院した伶菜の様子を見に行った時には勤務を交代してもらったり
『・・・その節はいろいろと面倒かけました。』
「なんか・・・・過去形みたいな言い方、するのね。」
『・・・・・・・?』
「諦めたみたいな・・・そんな感じにも思えるのは、あたしの気のせいなの?」
諦めたみたいな・・か
伶菜の意思を尊重すること
それが他人からも諦めたように見えるのか?
「今の日詠クンの感じ・・・あたしは以前の伶菜ちゃんからも感じたことがあるわ。」
以前の伶菜からも?
今の俺に見受けられるような ”諦めた感” が・・・?



