それはお兄ちゃんがホットミルクにメイプルシロップを注ぐ際に適量をちゃんと量れるスグレもの。
実はそれは私がまだ乳幼児だった頃に離乳食を食べていたスプーン。
それと同じモノはどこの赤ちゃん用品専門店に行ってももう販売されていない。
だからお兄ちゃんはそれを使う時以外はきちんとカトラリー入れの右端部分に収納しているぐらい大切にしていたモノなのに・・・ここに置きっぱなしにしてるなんて
『急いで出かけたせい・・・なのかな?』
私は安易にそう解釈して朝食作りを始めた。
そして、朝食を食べ終えた後、明日の引越しが少しでもスムーズに進めることができるように少しずつ荷物の整理をしていた。
『ここには1年ちょっとしか居なかったんだけど、荷物ってあっという間に増えちゃうんだ。』
この荷物の中にも想い出がいっぱい
私達が東京で入院していた頃にお兄ちゃんが気を利かせて購入しておいてくれたベビーベッドとラック
それと人気キャラクターがプラネタリウムのように天井でぐるぐる回るホームシアター
祐希がなかなか眠りにつかない時にお兄ちゃんがコレをつけて、オルゴールが流れる中でも優しい声で祐希に語りかけてたっけ
今も寝室に置いてあるから取りに行かなきゃ・・・
ガチャッ
寝室のドアを開ける私。
祐希の寝かしつけを彼がしてくれる時、彼もこのベッドで眠っちゃってたこともしばしばあって
時々だけど、祐希とお兄ちゃん・・・同じような格好で眠ってて
父親と息子の微笑ましい姿に自分ひとりでこっそりと笑ってたな
ガチャッ
このキッチン
あまりにもいろいろなモノが揃えられていて
お兄ちゃんに彼女がいる、もしくは彼女と住んでいたんだとちょっぴりがっかりとかドキドキしたっけ
でも料理を器用にこなす彼の姿を目の当たりにして、そんな感情はどっか飛んでいってしまった
このダイニング
そして
あのリビングで繰り広げられていた祐希とお兄ちゃんの楽しそうなやりとり
それらはキッチンでバタバタしている私の耳に、私の目に
いつもちゃんと届いてた
そんな音が
そんな光景が
もう
私の耳に
私の目に
届くコトがなくなっちゃうんだ・・・
『うううぅぅぅっっ・・・』
私は一人で手押し車を押して歩いて遊んでいた祐希の目を気にすることなく声を上げて泣いた。
『なんで、こう、なっ、、ちゃった、、、んだろっ・・・』
嗚咽が上げながらも自分自身にそう問いかけた。