「お兄ちゃん?」
『ああっ、鍋、煮えきっちゃうと旨みが減っちゃうから早く食べちゃうか・・』
だから、鍋が焦げ付かないようになんとかしなくてはならない状況にほっとしているぐらいだ
こうして箸をせっせと動かしている間に、
”でも、やっぱり1週間とか・・・急ぎすぎだよね?”
”予定、もう一度考え直してみるように康大クンと相談してみる”
伶菜がそんなことを言い出してくれないだろうかと腹の中で勝手に願ってみたりもする
でも、実際に彼女が口にしたのは、俺が期待していた”あと1週間”を変更するような言葉ではなく、
「ねえ、お兄ちゃんは私に聴きたいこと・・・ないの?」
今、俺が聴かれたら一番戸惑う難しい質問だった。
伶菜に聴きたいこと
・・・そんなに急いで予定を決めてしまって本当にいいのか?
・・・それでお前は本当に納得しているのか?
・・・ちゃんと笑顔でいられるのか?
・・・ちゃんと幸せになれるのか?
『・・・ああ。』
でも、そんなコト、聴けるわけないだろ?
一歩前に足を踏み出そうとしている彼女の足を引き留めるようなことを
でも、戸惑っているのは俺だけではなく、
「だって、いきなり引越しするんだよ。結婚式や新婚旅行の予定もまだ未定なんだよ。康大クンと会った時もお兄ちゃんは本人に1つしか質問しないし・・・そんな程度で、カレのコトわかるの?カレのことちゃんと理解してるの?」
俺を追い立てるようにそう畳み掛けた彼女もそんな状況に見えた。
いきなりの引越し、結婚式や新婚旅行の予定が未定という具体的な不安要素・・・アリ
プライベートでの彼がどういう人間で何を考えているのかという不透明な要素・・・アリ
伶菜の言う通り
多分俺は佐橋さんという人間をまだちゃんと理解できていない
もっと正確に言うと・・・正直なところ理解したいと思えない
彼の人柄を理解してしまったら
もし、彼が伶菜にふさわしい人柄であることを理解してしまったら
俺は、自分が伶菜から離れなくてはいけないことを本気で覚悟しなくてはならない
そんなコト
今、すぐにちゃんとやれとか言われても、まだ心の整理なんかこれっぽっちもできてはいない
だから俺は
現実になりそうなことから逃げるんだ
『だって、俺・・・お前を・・・伶菜を信じてるから。』
彼女が選ぶ道を信じるということによって
彼女から離れなきゃいけないという踏ん切りを自らつけなくてもいいように・・・



