ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋





もしかして、今の聞いてなかった?
なんか、お兄ちゃん、うわの空?


『お兄ちゃん?今の聞こえてなかった?』

「・・・ああっ、いや、聞いてたよ・・1週間後にここを出て行って、カレと一緒に暮らし始めるんだろう?」


やや慌てたような口調で私に返事をするお兄ちゃん。
そう言い終えた直後の彼の笑顔ははっきり言ってぎこちない。



『・・・うん、そう。』

「そうか・・・・・」

『うん・・・そう。』

「わかった・・・あと1週間な。」


彼はそう呟いた後、箸を動かすことなく再びグラグラを音を立てて煮えている石狩鍋の方をじっと眺めたまま、暫く動こうとはしなかった。


『お兄ちゃん?』

「ああっ、鍋、煮えきっちゃうと旨みが減っちゃうから早く食べちゃうか・・」


私の呼びかけに驚きながら、再び箸を動かし始めた彼。
その後、黙々と箸を動かすだけの彼。


あれっ?
私に聴きたいコト、ないの?

いきなり引越しする事情をを詳しく説明しろとか
結婚式や新婚旅行はいつするんだとか

ないの?


もしかして、”自分のやりたいようにやればいい” って突き放されているの?
もしそうなら、なんか不安・・・

突き放されたいと思ってたのに
いざ、そういう状況になると自分がどうしたらいいのかわからない


『ねえ、お兄ちゃんは私に聴きたいこと・・・ないの?』

感情が高ぶってしまっていた私は追い立てるような口調で彼にそう問いかけてしまった。


フウッ・・・・


白いスープの中に紅鮭やらジャガイモやら豆腐やらが浮かんでいる茶碗を左手に持ったまま、彼はゆっくりと息をつく。



「・・・ああ。」

そして彼は低い声で静かにそう答え、かすかに微笑んだ。



『だって、いきなり引越しするんだよ?結婚式や新婚旅行の予定もまだ未定なんだよ?康大クンと会った時もお兄ちゃんは本人に1つしか質問しないし・・・そんな程度で、カレのコトわかるの?カレのことちゃんと理解してるの?』


完全に頭に血が昇っていた。
彼は・・・お兄ちゃんは何にも悪くないのに。
自分で結婚するって決めたのに、いざ話が進み始めてしまったことによって動揺し、そして精神的に不安定になっている自分を抑え切れなかった。