「ハクシュンッ・・・・」
突然、私の左隣でくしゃみをした日詠先生。
先生は半袖の緑色の手術着一枚の格好。
『あっ、先生・・・コレ』
慌てて肩に掛けられていた白衣を脱ごうとした私の右腕を軽く制止した日詠先生。
「いいよ。身体を冷やしちゃいけないから病室まで着ていくといい。後で取りにいくから。」
日詠先生は優しく微笑みながら肩からズリ落ちかけていた白衣を再び私の肩にかけてから立ち上がった。
そして、私に背中を向けた状態で軽く右手を振りながら薄暗い廊下を歩いて行ってしまった。
私もその姿を見えなくなるまでじっと見つめた後に白衣を羽織ったまま病室まで戻った。
あの時と似ている匂いがする
手術着を着ていたからワイシャツの糊のにおいはしないけれど
白衣に染み付いた消毒薬らしきにおいと
かすかな煙草の匂い
病院の屋上で日詠先生に助けられた時に感じた匂いがする
その時も思ったけれどなぜか懐かしい
どう懐かしいのか思い出せないんだけれど・・・
そう思いながらベッドの上で丁寧に白衣を畳んでいると、ベッドを取り囲むピンク色の仕切りカーテンに背の高い人影が映った。
「これ。」
カーテンの隙間から湯気のたっている黄色いチェック模様のマグカップが姿を現す。
『あ、ありがとうございます。』
それを持ってきてくれた人が誰かを予測できた私は、その人影を確認しないままマグカップを慎重に受け取り、きれいに折り畳んだ白衣をそっと差し出した。
「おやすみ・・・・」
カーテンの隙間から顔を見せることなく白衣を受け取ってくれたその人はカーテンをそっと閉めて歩いて行ってしまった。
そして私は受け取ったマグカップに早速口を寄せる
『あったかいな~。』
やっぱりそれは懐かしい味のする
薬効成分が全く含まれていない私だけの特別で優しいくすり。
もっと早くアナタに出会っていたかった
この子が私のお腹の中にやって来る前に
もっと早く出会っていたら
きっと分け隔てもなくアナタを好きになってました
好きになっても振り向いて貰えないと思うけど
片想いでもきっとスキになってました
でも、今、私は
自分の中にいる新しい生命が愛しいから
本当に愛しいから
頑張って産み、育てていきたい
そう思っています
アナタがいつでも傍で見守っていてくれるような気がするから
ひとりぼっちの私でも頑張れそうです・・・・・
『ほんのり甘くて、美味しいな。』
私は自分だけの甘くてあったかい特別なくすりを飲みながらそう心に誓っていた。



