ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋





まださっき飲み干したアルコールが体内に残っているせいか、普段言わないようなことを口にした俺の前で伶菜の名を呟いたマスター。
彼は天井を見上げたまま黙ってしまった。

彼は何かを考えているように見えるのは
俺の気のせいなんだろうか?



「なぁ、日詠クン。」

『はい?』


いかにも真面目な話をしそうな声色で俺を呼んだマスター。
そのせいで俺は、オニオンスープを掬ったスプーンを宙に浮かせたまま、彼のほうへ顔を向けた。


「色々考え過ぎたり、変な遠慮をしたりすることは、恋愛には必要ない・・・俺はそう思うぞ。」

『そんなもんなんでしょうか?』

「日詠クンに限ってはな。」

『・・・・どういうコトです?』


一瞬、彼の目が泳いだように感じたのも俺の気のせいだろうか?


「とりあえず、自分の気持ちに蓋をしないで行動してもいいんじゃないか・・・ってことだ。まだ若いんだから。」

『はぁ・・・・でも、本当にそれでいいのかわからなくなっているんです。』


ついさっき、自分の想いを優先して、三宅を傷付けた
だから、自分自身、彼の言葉を鵜呑みにしていいのかわからないんだ


「年寄りの言うことには耳を傾け、肝に銘じておけってとこだ。」

『・・・そうですね。ありがたい言葉として肝に銘じておきます。』


俺が弱気になっているのを感じ取ったのか、迷いなく俺にそう諭したマスターは目尻にくっきりと皺を寄せて笑いながら、”まあ飲めよ” とビールを差し出してくれた。
彼がこうやって店のメニューに載っていないビールを出してくれるのは、”スキなだけゆっくりしていけ”という合図。

今日はアルコールで失敗していることもあるから、ビールが注がれたグラスにすぐには手が伸ばせない。