ホテルの部屋に置いてあった豪華な食事を見ても、腹なんか空かなかったのに、今は腹が大きな音を立てそうなぐらい空腹感を感じる。
「カニクリームコロッケです。ライスとスープはお」
『お代わり自由のままなんですね。』
「ああ。ウチのお客さんは今も学生さんが多いからね。」
『学生時代、かなり世話になりました。いただきます。』
口の中でカニクリームがとろりと溶け、懐かしい味を舌がしっかりと感じ取り、思わず美味いと呟く。
「懐かしいな。今じゃもう、立派な医者だもんな。」
『まだ半人前ってトコです。』
美味さが口の中で溶けてしまった後に感じたもの。
それは、揚げたてのカニクリームコロッケを食べたことによって口の中にできた軽いヤケドのひりひりとした感覚。
それでもまだ、そのコロッケを食べたい俺は、すぐ傍にあったよく冷えたミネラルウオーターを勢い良く口の中に流し込む。
「ここを利用してくれる学生さん達からも、日詠クンの噂、耳にするよ。南桜病院に名古屋医大の先輩に凄い産婦人科医師がいるって。」
『・・・それ、奥野さんのことですよ。』
「奥野ちゃんはイケメンドクターじゃないだろ?」
『俺よりもよっぽど男気がありそうですけどね。』
「まあ、確かにね。」
クククと笑いを押し殺すマスターの前で、もうひと口、カニクリームコロッケを口へ運んだ。
「それにしても、こんな時間にこんなところをふらふらしていると、奥さんが心配するんじゃないか?」
『まだ、俺、独身です。』
「へぇ~。若い頃に比べると随分、穏やかに笑うから、モテ男ももう年貢を納めたのかと思ったよ。」
『年を取ったせいじゃないですか?』
”俺にはそう見えないね~” と呟きながら、マスターは空になったグラスにミネラルウオーターを注いでくれた。
「そうか。まだ嫁さんがいないのか。いや、日詠クンの場合はそうじゃなくて、モテ過ぎて選べないってトコだよな?」
『まさか。』
「じゃあ、なんで結婚しないんだよ。」
『伶菜に・・・惚れちゃいけない女性に・・・惚れたから。』
「・・・伶菜さん・・・ねぇ。」



