『もうこんな時間か・・・・』
そして、三宅が出て行ったホテルにひとり残される形になった俺。
そこにいつまでもいる必要がなくなったため、フロントでチェックアウトを済ませ、すっかり交通量が減った夜道を歩き始めた。
さっき降りた地下鉄の西鶴舞駅。
もう終電が終わってしまった今は駅に繋がる階段のシャッターが閉じられている。
『タクシーを拾う・・か?』
帰宅手段を考えるも、どうにかしなくてはならないという切迫感がない。
『頭、冷やさないとな・・・・』
酔っ払っていたとはいえ、三宅を抱こうとした自分が伶菜に合わせる顔がないだからだろう。
幹線道路から1本奥に入った石畳風の歩道をゆっくりと歩くと、懐かしい景色が広がっている。
それは高梨の親父とお袋に連れられて来たのがきっかけでその存在を知ったカフェ。
そこは大学病院の近くにあったこともあり、医大生の頃はよく通ったものだ。
『夜も結構遅くまで営業してたっけ。』
もう0時を超え、もうすぐ1時になろうとしているのに、店内からは灯りが漏れている。
家に帰る足取りが重くなっている俺は、懐かしさも手伝って、その重量感のあるドアを開けた。
「いらっしゃい。」
『今からでも大丈夫ですか?』
「なに遠慮してるんだよ。久しぶりだな、日詠クン。大学時代以来なんじゃないのか?」
『覚えていて下さったんですね。』
「当然だろ?常連さんのひとりでもあるんだからな。」
数年ぶりに会うマスターは白髪は増えているように見えるが、カウンターに両手を着いて身を乗り出すように話しかける姿は今も変わらない。
店内を見回すと、アンティーク調のやや薄暗い店内でゆっくりと光を放っているジュークボックスが今も置かれている。
心地いいジャズが流れているのも相変わらずだ。
「今日はもうカニクリームコロッケしか残っていないけど、それでいいかい?」
『久しぶりに食べたいです。マスターの。』
「じゃあ、今から揚げようか。」
ふふふんと鼻歌を歌いながら、揚げ物をするマスターも相変わらず。
カラコロと小気味良く上げる音が目の前のカウンターキッチンから聞こえてくる。



