「お待たせしました。ブレンドコーヒーです。ミルク・お砂糖はご入用でしょうか?」
『いえ。ブラックで。』
「それではごゆっくりお過ごし下さい。」
『あの・・・』
コーヒーを運んでくれたネクタイ姿のウエイターを呼び止める。
『ここで待ち合わせをしていて・・・知人が後から来るのですが、その人が訪れた際に出迎えをしたいので、ご案内して頂く前に僕に声をかけて貰えますか?』
「承知致しました。」
彼は上品でスマートなお辞儀をした後に、厨房のほうへ戻って行った。
俺は運ばれたコーヒーカップを手に取り、カップの模様やコーヒーの香りを楽しんだ後にゆっくりとコーヒーを口に含む。
普段、忙しい時間を過ごす病院では缶コーヒーを飲むことが殆ど
ゆっくりと息がつける時は、こうやって美味しいコーヒーを飲むことも俺の中での大切な気分転換のひとつ
喫茶店やレストランでコーヒーを飲む時は、その味を楽しむだけでなく、先程のように器の模様も楽しんだりする
『少し苦味があるけれど、イヤな感じはしない。』
美味しいコーヒーは息をつく時だけでなく、事前から計画している難しい手術の前や学会発表の前や集中したい時の前にも飲むようにしている
今のコーヒーはというと、息をつくためのコーヒではなく、
『今の状況にピッタリな味かもな。』
新しくウチの病院に迎え入れる予定の医局員や三宅教授とのやり取りに集中するためのモノだ
上品な薄いブルーの重みのあるコーヒーカップをじっと眺めた後、目を閉じ、ゆっくりとコーヒーを味わっている中、
「お客様、失礼致します。お待ち合わせのお客様がお見えになりました。」
先程、コーヒーを運んでくれたウエイターがお願いした通りに俺に声をかけた。
「お待ち頂いている場所までご案内致しましょうか?」
『ええ。お願いします。』
俺はコーヒーカップをソーサーの上に載せてから立ち上がり、ウエイターの後をついて行った。
「こちらでお待ちして頂いております。」
案内してくれたウエイターにお礼を言おうとした瞬間、俺はつい眉をしかめた。
「日詠クン。」
自分の名前を呼んだ声。
『三宅・・・』
それが自分が想像していた声色とは全く異なっていたから。