ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋




「・・・ばかぁ・・・」



伶菜の搾り出すような声の ”ばかぁ”


そうじゃないんだと、けなされているはずなのに
それすら、愛しいと思えてしまう

その ”ばかぁ” は、本当のところ何を意味するのだろうか?なんて思えてしまうぐらいだ


彼女にただ笑っていて欲しいだけと口にした俺だったけれど、
伶菜は俺にどんな答えを求めていたのだろうか?

もしかして引き留めて欲しかったのか?なんて自分にとって都合良く考えてしまう

でも、彼女は自ら結婚しようと思っていると言ったんだ
俺から自立しようと思っているとも言ったんだ


俺が彼女を引き留めることなんて望んでいないはず

でも、そんな彼女の背中を言葉巧みに押してやれるほど俺は器用じゃない


こうやってただ迷うことしかできない俺は
伝えることが許されない

・・・・伶菜が愛しいという想い
・・・・ここに居て欲しいという想い


伝えたい
でも伝えることのできないそれらの想い


それらを自分の右手に籠めて
俺が8才、伶菜がまだ1才だった頃、俺が高梨の家を離れる時の別れ際
・・・彼女の頭を撫でてやったその時のように、彼女の頭に触れてから立ち去ることで自分の迷いを吹っ切ることにした。


その彼女の柔らかい髪にポンと触れる行為


それは
言葉として口にしてはならない想いを
彼女に気が付かれないように、自分だけの中で伝えるための唯一の手段

それをしたことでもうこれで自分の中で
彼女に対する想いに ”諦め” というケジメをつけたんだ

8才だったあの頃、
彼女達と一緒にいたいという気持ちを諦めたあの頃と同じように・・・
あの頃の俺は自分にそう言い聞かせながら、彼女に背を向けて立ち去った。


そこまでは、過去のあの頃の、俺達の別れ方と同じだった。


でも、あの頃と違うのは、
別れの意味がわからないせいか、きゃっと嬉しそうな声を上げた幼い伶菜ではなく、

「お兄ちゃんも、ちゃんと一生涯大切にしたい人を見つけて、ちゃんと幸せになって!・・・・絶対だよ!」

悲鳴混じりの切ない声を上げた彼女がドアの向こう側に居ることだ。
医師になった自分が彼女の主治医を自ら降りたあの時のように。