薬局がある新笠寺駅周辺から歩みを進める。
その辺りは街灯はあるものの少し薄暗い。
背後からチリンチリンという音が聴こえ、振り返った瞬間、自転車に乗った制服姿の男子高校生が俺の横をすうっと追い越す。
少しヒヤリとした俺とは異なり、振り返ることなく真っ直ぐ前方だけを見て自転車のペダルを同じリズムで漕ぐ高校生。
その彼の背中をじっと見送った瞬間、俺は自宅に向かう自分の足取りがどうやら少々重いようだと自覚した。
『血液データを見て、フェジンを持って帰って来たけれど、どうやって本人に治療するって言えばいいんだろう・・・』
今、右手に持っている袋の中の物を使って
医師として伶菜に関わることになるかもしれない
でも俺は彼女の主治医という立場を自ら下りた人間だ
『ここまでやっておいて、今更迷うとか、情けないよな。』
ひとつ大きく溜息をついてから自宅の玄関のドアを開けた。
「パー!」
『ただいま、祐希!おっ、手に何持ってるの?ミニカーか?ちょい貸してみ。』
ここ最近、早く帰宅できた時は祐希が玄関まで駆け寄り、こうやって出迎えてくれる。
いつも、何か手にしたままやってくる彼だが、今日は偶然にもミニカーを嬉しそうな顔で手にしている。
『スポーツカーか。コレ、車高が低いよな~』
「パー、パーー」
『祐希、コレ、貰う!ダメか?』
「パ~!!!!!」
手を伸ばしながら、俺を追いかける祐希。
そんな彼の姿が、俺は玄関のドアを開ける前の、いろいろ難しく考えてしまっていた自分から、
『おっと。そう簡単には捕まらないぞ。』
リラックスしているいつもの自分に変えてくれた。
そして、彼に背中を押されるように向かった先。
そこは伶菜がいるはずのリビング。
祐希がリラックスさせてくれたおかげで、そこのドアをいつものように何も躊躇うことなく開けた。
「あっ、それ・・・」
その声がするほうに顔を向けようとした瞬間、とうとう飛び掛ってきた祐希。
『おみやげ。今日、病院で点滴してたママの傍でずっとおりこうしていたご褒美ってヤツな!』
「パー、キャッ!」
俺の上着を引っ張り続ける彼のせいで伶菜の様子を窺うことができない。
それだけに留まらず、はしゃぎながらミニカーに手を伸ばす祐希といつものようにじゃれ合う。
伶菜が夕食の準備をしている最中も
祐希と俺は今みたいに、何かとじゃれ合う。
しばらくすると、”もうすぐご飯だよ~” と伶菜の声がそこに割って入る。
それが帰宅後のいつもの光景。
今日もそれがここにあると思っていたのに
「祐希!パパじゃないでしょ?お兄ちゃんでしょ?ママのお兄ちゃんなんだから!」
『えっ?』
今日は何かが違った。



