『意外にあっさりと話を終えてくれたな。』
ウチの医局内では彼のような保険会社や旅行会社などMR(医療情報担当者)以外の企業が出入りすることも可能で、今みたいなやり取りを見かけることも多い。
彼らもノルマがあるようで、医局にいる医師に企業の商品に何とか興味を持ってもらおうと必死にぶら下がっている姿も見かけることもしばしば。
急いでいるのに、追いかけられたりすることもあって、後味の悪い想いをさせられることもしばしばだ。
今、俺と向き合っていた彼もそういう人かと思っていたが、意外にもあっさりと話を終えてくれたことで、いつも感じる後味の悪さはなかった。
ただ、彼と話をしたことによって、俺の頭の中には ”これからの自分の生活はどうなるのか?” という視点が残った。
このまま伶菜達との生活を今の関係のまま続けていくのか?
それとも
伶菜が祐希の実の父親と結婚して、俺の元から離れていくのか?
それとも・・・
『伶菜はどう思っているんだろうか?』
でも、祐希の父親が現れたことを俺が知っているなんて、伶菜はおそらく知らないだろう
だから、安易に ”これからどうするんだ?” なんて聴いたりはできない
その男もどんな男が知らないワケだし
大体、どういう理由があるか知らないが
伶菜がひとりで祐希を産む状況にした男だぞ?
まだ会ったことはないけれど
今のところ良い印象は俺の中ではないな
良い印象がないどころか
自殺しようとするまで伶菜を追い込んだ一因かもしれないその男に対しては怒りを覚える
『伶菜はそいつのことも今、どう想っているんだろうか?』
でも、俺が伶菜の元彼氏に対して怒りを感じているところで、伶菜が彼のことを好きだという想いを抱いているのなら、俺はそれを邪魔するような真似ができないだろう
今の俺は彼女にとって
兄という立場にすぎないのだから・・・
『迷走神経のほうは、まあ仕方ないとしても・・・貧血を、なんとかしてやらないと。レバニラ嫌い対策を練る前に即効性のあるものが必要かもな。』
この時の俺は
今ある現実の生活に身を委ねることで
これから先のことを考えることから逃げようとしていた。