ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋



そして、その日の夕方。

「お疲れのところ、申し訳ございません。」

『えっ?』


帰宅しようとしている私服姿の医師や、これからまだ仕事が残っていそうな白衣姿の医師が入り混じる医局内。
そこにある自分のデスクで、ノートパソコンを使って、文献検索をしていた時に、背後から声をかけられた。

振り向くと、そこには
いつだったか、森村くんに声をかけていたスーツ姿の若い男性が、生命保険のパンフレットらしきものを抱えながら俺に会釈をしてきた。


「私、大和中央生命保険株式会社、名古屋支社の佐橋と申します。この度、弊社から新しい保険プランが発売されましたので、先生にも是非ご紹介させて頂けたらと思いまして。」


生命保険
今までも、こうやって医局に押しかけてきた生命保険のセールスレディと呼ばれている中年の女性に勧められて、とりあえず加入したものがある


『もう加入しているので、折角ですが、申し訳ないです。』


そうですか・・・と残念そうな表情を浮かべた彼。
背が高く、きちっと締められたブルーのネクタイからも清潔感が感じられる好青年という感じ。

森村くんにも話を聴いて貰えなかった彼。
そんな彼に申し訳ないと思ったが、もう加入してあるものをどうこうしようという気にまではならなかった。


「でも、先生、その加入されている保険の保障内容ってご存知ですか?」


そのまま引き下がってくれると思っていた彼が、俺にそう問いかけてきたことに少々驚く。

やはり、契約人数のノルマとかあるのだろうか?
そういえば、俺が加入したセールスレディーと呼ばれている女性も、ここだけの話、ノルマ厳しいんですと愚痴をこぼしていた
そして、最後には ”人助けだと思って” と契約をお願いされたっけ?


病院の経営状況とか、あまり興味がない
だから、そういう世界で生きている人の大変さは
はっきり言ってわかっちゃいない

そういうこともあって、無碍(むげ)にお引取りして下さいとは言い放つことなんてできない


『・・・いえ、恥ずかしながら、詳しくは理解していないかもしれません。』

だから、彼の質問に対して自分なりに丁寧に答えた。