ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋




その後は、熱があったあの夜に伶菜に対して感じた違和感と距離感を感じることはなく、穏やかに日々が流れた。

仕事のほうも、なんとか軌道に乗り始めた。
久保が分娩介助をした倉田さんも無事に退院した。
分娩の際に腕神経叢麻痺(わんしんけいそうまひ)を発症した倉田さんのお子さんに対する整形外科による診療も始まり、倉田さんからは、”整形外科の先生方とも一緒に頑張っていきます” という前向きな言葉を聴かせてもらえた。

でも、忙しさは相変わらずで。
家に帰れると思っていても、緊急搬送とかがあると、そのまま病院に泊り込むこともしばしば。
睡眠もロクに取れない日々が続くことも相変わらず。


そんな俺を支えてくれているもののひとつ。
それは、伶菜が届けてくれる彼女お手製の弁当。
この日の昼も、医局のデスクの上にはそれが載せられていた。


『今日のおかずはなんだろうな。』


弁当の存在を目で認識した瞬間に感じた空腹感。
寝不足でも食欲は旺盛。
だから、俺は走り続けていられる。


弁当を包んでいる布の結び目を解こうとそこに手をかけた瞬間、

「お昼休み中に失礼します。」

自分の背後から男性の声が聞こえた。


その声がするほうへ振り返ると、

「俺、今、このやけに脂っぽいアジフライ弁当480円を食べているところなんだけど。」


自分がその男性に声をかけられている状況ではなく、真後ろのデスクで弁当を食べている整形外科の森村くんが声をかけられていた。

森村くんとは、倉田さんのお子さんの治療についての情報交換をしていく中で、面識がなかった以前よりかは話をするようになった。
彼からは、”自分も名古屋医大出身で、日詠さんの後輩に当たるので、自分を呼ぶ時は呼び捨てでいい” ということまで言い聞かされた。
流石に呼び捨てまではできないからと、森村くんと呼ぶようになった。