ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋




『ん?・・・なんだ?』


だから、俺は自分の腹の中を探られないように、できるだけ平静を装い、彼女の言葉の続きに耳を傾けた。

それでも、聴こえてこない彼女の言葉の続き。
聴こえ辛い右耳を押さえ、聴こえてている左耳で彼女の声に集中する。

それでも、声が聴こえて来ない。
まだ声を発していないらしい彼女の顔はどこか神妙な面持ちで。


帰宅したばかりの時に彼女に対して感じた
違和感と距離感

それがまた俺の頭を過ぎる


伶菜、お前、今
何を考えてる?
何を想ってる?


今は
自分の体のダルさよりも
そっちのほうが気になるんだ





「私、小さい頃、風邪ひいた時はお母さんがすりりんご作ってくれてたけど、先生も食べてた?」

『・・・・・・・』

「・・・センセ?」

『・・・・・あ、ああ・・・・よく冷やしてあるりんごで作ってくれたよな』



話を逸らされたのか?
それとも、
彼女も俺と同じように擦り下ろし林檎によって
お袋という存在を想い起こしていたのか?

さっき感じた違和感と距離感は
熱のせいで判断力が鈍っているせいだったのか?



その後、”食べる?” と躊躇(ためら)うことなくもう一度差し出された擦り下ろし林檎が載ったスプーン。


今度は、ニヤニヤしたりしておらず、”ちゃんと食べて” という促す気持ちが伝わってくる。
そういう彼女の気持ちがこめられたスプーンを、今度はしっかりと唇で受け止めた。


口の中に再び広がった甘い味の擦り下ろし林檎はとてもひんやりしていて、舌を介して体の奥までその甘い味が浸み込む。
その味を堪能している俺を、ほっとしたような顔で見つめる彼女からはもう
違和感や距離感なんて感じられなかった。



『・・・まだしんどいけれど、充電できそうだな。』


ただ食べて、寝るという、人間が生命を維持するために必要なそれらの行動を行うだけの場所だった自分の家。

そういう場所だったここが、自分が帰りたい場所になっていること。
それをはっきりと自覚しながら、俺は伶菜が用意してくれた氷枕に頭を載せ、穏やかに眠りに就いた。