でも、その彼女は、過去の想い出に浸っている俺の空気を読んでいないのか、
「ラジャ! 任せて!!!! はい・・・あ~ん。」
ニヤニヤしながら俺の口元にスプーンを運ぼうとしている。
いつもの伶菜ならこんなことはしない
俺が差し出されたスプーンをそのまま咥えるなんて思っていないんだろう
素面の俺だったら、まずやらない
彼女もそれをわかっているから、ただ単に面白がってるだけだな?
でも、伶菜がそう来るんだったら
自分は熱に浮かされているということを盾にして、どさくさ紛れに、素面なら恥ずかしくなりそうなことをやってやろうじゃないか
そんなことを考えながら、彼女から差し出されたスプーンを受け止めようと躊躇うことなく、口を開く。
その結果。
『冷たっ!』
彼女の手元が狂ったのか、スプーンから擦り下ろし林檎がポトリと俺の首筋に落ちた。
さっきとは別人かのように、肩を竦めながらごめんなさいと慌てた伶菜。
俺に対してやりたい放題しようとしていたのに
あっと言う間に自滅した彼女
そういう天然さも俺の心をくすぐっていることを
彼女はわかっているのだろうか?
そんなことを思いながら、首筋に落ちた擦り下ろし林檎が流れ落ちそうになったのを指で掬《すく》い上げ、それを口に咥《くわ》える。
体温で少しぬるくなった擦り下ろし林檎だったが、
とても甘くて美味くて、体にも心にもその甘さが染み渡る。
体調が悪い時に傍に居てくれること
『林檎、冷たくて美味いよな・・・ありがとな』
それがこんなにも心を軽くしてくれるなんて、そんなことは久しぶりに自覚した。
それと同時に再び感じた想い。
”彼女をもう手離せない”
熱がまだあるせいか、それが溢れそうになった。
でも、
「日詠先生・・・・私・・・」
タオルを両手でギュッと握ったまま、何かを考え込んでいるような目で俺を呼んだ彼女。
その考えの答えを俺に求めるような目にも見える。
もしかして、さっき俺の頭の中を過ぎった ”彼女をもう手離せない” という想いがこぼれているのか?
だが、それを拾われるわけにはいかない
それが伶菜を縛り付けてしまうことになるかもしれないのだから
妹という存在である伶菜の未来
それは誰にも邪魔されることなく、
彼女自身の足で彼女が思う道をしっかり歩いて欲しい



