ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋





でも、その彼女は、過去の想い出に浸っている俺の空気を読んでいないのか、

「ラジャ! 任せて!!!! はい・・・あ~ん。」

ニヤニヤしながら俺の口元にスプーンを運ぼうとしている。


いつもの伶菜ならこんなことはしない
俺が差し出されたスプーンをそのまま(くわ)えるなんて思っていないんだろう
素面(しらふ)の俺だったら、まずやらない


彼女もそれをわかっているから、ただ単に面白がってるだけだな?

でも、伶菜がそう来るんだったら
自分は熱に浮かされているということを盾にして、どさくさ紛れに、素面(しらふ)なら恥ずかしくなりそうなことをやってやろうじゃないか

そんなことを考えながら、彼女から差し出されたスプーンを受け止めようと躊躇(ためら)うことなく、口を開く。



その結果。


『冷たっ!』

彼女の手元が狂ったのか、スプーンから擦り下ろし林檎がポトリと俺の首筋に落ちた。
さっきとは別人かのように、肩を竦めながらごめんなさいと慌てた伶菜。


俺に対してやりたい放題しようとしていたのに
あっと言う間に自滅した彼女

そういう天然さも俺の心をくすぐっていることを
彼女はわかっているのだろうか?


そんなことを思いながら、首筋に落ちた擦り下ろし林檎が流れ落ちそうになったのを指で掬《すく》い上げ、それを口に咥《くわ》える。

体温で少しぬるくなった擦り下ろし林檎だったが、
とても甘くて美味くて、体にも心にもその甘さが染み渡る。


体調が悪い時に傍に居てくれること

『林檎、冷たくて美味いよな・・・ありがとな』

それがこんなにも心を軽くしてくれるなんて、そんなことは久しぶりに自覚した。



それと同時に再び感じた想い。

”彼女をもう手離せない”

熱がまだあるせいか、それが溢れそうになった。



でも、

「日詠先生・・・・私・・・」

タオルを両手でギュッと握ったまま、何かを考え込んでいるような目で俺を呼んだ彼女。
その考えの答えを俺に求めるような目にも見える。



もしかして、さっき俺の頭の中を過ぎった ”彼女をもう手離せない” という想いがこぼれているのか?

だが、それを拾われるわけにはいかない
それが伶菜を縛り付けてしまうことになるかもしれないのだから

妹という存在である伶菜の未来
それは誰にも邪魔されることなく、
彼女自身の足で彼女が思う道をしっかり歩いて欲しい